バイオテクノロジー

PRS ポリジェニックリスクスコアとは?遺伝子が伝える病気のリスク

理人

将来どんな病気になるかが分かれば、その予防に早めに取り組めるのに…と考えたことはありませんか?実は最近の医学では、その夢が少しずつ現実になりつつあります。その鍵を握るのが、今回紹介する「PRS(ポリジェニックリスクスコア)」という技術です。

直近でも今月10月、大阪大学や東京大学、京都大学らの研究グループから、PRSに関する研究結果のプレスリリースが発表されました。今回の記事では、そんなPRSについて基本的な仕組みから最新の研究成果まで、わかりやすく解説します。

遺伝子変異(遺伝子の違い)について解説した、以前の記事も合わせてご覧ください。

PRSとは何か?

PRS(Polygenic Risk Score)は、日本語で「多遺伝子リスクスコア」と訳されます。これは、ある病気の発症に関連する複数の遺伝子変異の影響を総合的に評価し、数値化したものです。

私たちの身体の設計図であるDNAには、約30億個の塩基対が含まれています。その中には、DNA上の特定の場所で、塩基(A、T、G、C)が個人によって異なる「一塩基多型(SNP:Single Nucleotide Polymorphism)」と呼ばれる箇所が数百万か所存在します。PRSは、これらのSNPの中から、特定の病気との関連が確認されている部分を数十から数百、時には数千か所選び出し、それぞれの影響度を重み付けして計算します。

なぜPRSが重要なのか?

従来の遺伝子診断では、単一の遺伝子変異による希少な遺伝性疾患「単因子疾患」の診断が中心でした。一方、生活習慣病や心臓病、がんなど、一般的な病気の多くは、複数の遺伝子が関与する「多因子疾患」です。PRSは、これらの複雑な病気のリスクを評価できる画期的な手法として期待されています。

単一の遺伝子変異による「単因子疾患」と、複数の遺伝子が関与する「多因子疾患」
単一の遺伝子変異による「単因子疾患」と、複数の遺伝子が関与する「多因子疾患」

PRSの基礎となるGWAS:病気の遺伝的な地図作り

PRSを理解する上で重要なのが、「GWAS(ゲノムワイド関連解析)」という研究手法です。GWASは、ゲノムという大きな地図の中から「病気に関係する場所」を探し出す作業です。例えば、ある街(病気)に住む人々が、共通して通る道や立ち寄る場所(遺伝子の特徴)を調べるようなものです。そして、PRSは、この「地図」を使って、ある人がその街にたどり着く可能性(病気のリスク)を計算するシステムといえます。

GWASでは、ある病気になった人とならなかった人、数千人から数十万人分の遺伝情報を比較します。すると、病気になった人に共通して見られる遺伝子の変異が浮かび上がってきます。これらの情報を組み合わせることで、個人の遺伝的なリスクを計算することが可能になるのです。

PRSの研究にはバイオバンクが重要

PRSの研究を進めるには、大規模な遺伝情報データベース「バイオバンク」の存在が欠かせません。バイオバンクとは、多数の人々から提供された血液や組織のサンプル、そこから得られた遺伝情報、さらに病歴などの医療情報を体系的に収集・保管しているデータベースです。

日本では「バイオバンク・ジャパン」が約27万人分、イギリスの「UKバイオバンク」では約50万人分のデータを保有しています。これほど大規模なデータが必要な理由は、PRSの精度を高めるためです。データの数が多ければ多いほど、偶然の影響を排除し、より信頼性の高い関連性を見出すことができます。

最新のPRS活用研究でわかったこと

2023年から2024年にかけて、日本の研究機関から次のような重要な発見が次々と報告されています。

生活習慣の改善効果を予測

大阪大学の研究グループは、遺伝情報を活用することで、個人に合わせた予防法の効果を予測できる可能性を示しました。例えば、遺伝的に冠動脈疾患のリスクが高い人では、禁煙することで健康が改善される効果が、より大きくなる傾向が明らかになりました。

がんリスクの個別評価へ前進

理化学研究所のチームは、PRSを用いることで、前立腺がんの進行リスクをより正確に予測できることを発見しました。

難病研究における画期的な発見

理化学研究所を中心とする研究グループは、皮膚や内臓が硬くなる難病「強皮症」について、アジア最大規模の遺伝子研究を実施しました。

このように、PRSを活用した研究は、予防医療から難病対策まで、幅広い分野で着実に進展しています。

PRSの活用方法と将来性

PRSの実用化により、以下のような医療応用が期待されています

1. 個別化予防医療の実現

  • 個人の遺伝的リスクに基づいた、効果的な予防プログラムの提供
  • 定期検査の頻度や内容の個別最適化

2. 早期発見・早期治療

  • リスクの高い疾患に対する重点的なスクリーニング
  • 発症前からの予防的介入の実施

3. 生活習慣改善の動機付け

  • 具体的な数値による健康リスクの「見える化」
  • より効果的な生活習慣改善プログラムの設計

PRSの限界と注意点

ただし、PRSにも以下のような限界があることを理解しておく必要があります。

1. 予測は確率的なもの

  • スコアが高くても必ずしも発症するわけではない
  • スコアが低くても発症リスクがゼロではない

2. 環境要因の重要性

  • 生活習慣や環境要因も病気の発症に大きく影響する
  • 遺伝的リスクは運命ではない

3. 研究段階の技術

  • まだ発展途上の技術であり、精度向上の余地がある
  • 人種による違いなど、さらなる研究が必要な点も多い

PRSが開拓する未来の医療

PRSは、私たちの健康管理に新しい可能性をもたらす技術です。この技術は、完璧な予測ツールではありませんが、個人の健康管理をより効果的に進めるための重要な指標となります。遺伝的なリスクを把握することで、一人一人が自分に合った予防や健康管理に取り組めるようになるのです。

今後の研究開発により、PRSの精度はさらに向上し、より多くの疾患に適用できるようになると期待されています。それは、より効果的で個別化された医療の実現に大きく貢献することでしょう。

参考

▼生活習慣病の遺伝因子群とポリジェニックリスクスコア 尾崎浩一
https://www.aichi.med.or.jp/webcms/wp-content/uploads/2021/06/68_1_p22-27.pdf

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

ABOUT ME
理人
理人
博多在住の研究員兼博士課程学生
エンジニアになるつもりで入社しましたが気づいたら研究をしていました。数学が専門ですが、研究はバイオ系です。ときどき採用面接をしたりします。オタクなので月に1度は遠征に出かけます。
理人の記事一覧

記事URLをコピーしました