二日酔いや花粉症も-体内ネットワークが健康を左右するワケ
「ネットワーク」という言葉を聞くと、多くの人はインターネットやスマホアプリ、クラウドサービスを思い浮かべるでしょう。しかし、ネットワークの本質は「複数の点を線でつないで情報をやり取りする構造」にあります。実はこの構造は、私たちの体内でも同様に見られます。ヒトの身体の中でこの瞬間も起きている活動は、まさにネットワークを通じた情報のやり取りに他なりません。
今回の記事では、私たちの体の中にあるネットワーク構造について解説します。ネットワーク科学の起源や研究の歴史など、他の記事も併せてご覧ください。
ネットワークとは、ノードとリンクで構成された関係
まずは、ネットワークについてのおさらいから。
以下の図は、Aさんを取り巻く人間関係です。BさんとFさんはAさんとだけ知り合いで、他の人物は知り合いではありません。一方でAさんとCさんは自分以外の3名とつながりがあり、DさんとEさんは、2名とつながりがあります。
この人間関係をネットワークとして捉えた場合、人物をノード(点)、知り合い関係をリンク(線)と呼びます。ソーシャルネットワークなどはまさに、ソーシャル(社会的)な人と人、ブランドと人のつながりを体系化したプラットフォームです。
言い換えると、ネットワークとはノードとリンクで構成されていて、ノード間の関係性を表現した構造と言えます。送電網やSNSなど、世の中のいろいろなことは、ノードとリンクでつながるネットワークとして説明できます。また、どうしたら効率的な経路になり、冗長性や距離を適度に維持しながら脆弱性を回避できるかは、「グラフ理論」によって計算されます。
私たちの体内にある構造も、実はネットワーク!
体内でもネットワーク構造は至るところに存在します。ここでは、「代謝のネットワーク」と「細胞のネットワーク」という二つの代表的な例を見ていきます。
1.代謝のネットワーク
私たちの体は、食事で摂った栄養と、呼吸によって取り込んだ酸素を使った、体づくりに必要な物質や体を動かすためのエネルギーを生み出しています。このような体内で物質を変換させる化学反応を、代謝と呼びます。
例えば、アルコールを摂取した際、体内で以下のような代謝が行われます。
- アルコールは、アルコール脱水素酵素によってアセトアルデヒドに変換される
- アセトアルデヒドは、アルデヒド脱水素酵素によって酢酸に変換される
- 酢酸は、最終的に水と二酸化炭素に分解される
この過程で重要なのは、アセトアルデヒドが毒性を持つため、迅速に分解する必要があることです。分解が間に合わないと二日酔いの原因となります。
お酒を飲みすぎると気持ち悪くなってしまうのは、その人の体質や体調によって、アセトアルデヒドを分解する酵素の働きが弱く、分解が間に合わないからです。つまり、これも代謝が関係しています。
出典:二日酔いの症状・原因|くすりと健康の情報局 – 第一三共ヘルスケアhttps://www.daiichisankyo-hc.co.jp/health/symptom/38_futsukayoi/
出典:酔いのメカニズム | お酒のリスク | キリンホールディングス
https://www.kirinholdings.com/jp/impact/alcohol/0_1/risk/mechanism/#:~:text=%E5%8F%A3%E3%81%8B%E3%82%89%E5%85%A5%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%AB,%E3%82%92%E8%B5%B7%E3%81%93%E3%81%99%E5%8E%9F%E5%9B%A0%E3%81%A8%E3%81%AA%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82
呼吸やアルコールの分解以外にも、私たちの体の中ではたくさんの化学反応が常に起こっています。以下は、私たちの体中の代謝の化学反応をまとめた図です。
大都市の鉄道路線図よりも遙かに複雑なこの図では、一つ一つのノードが化学物質(酸素、二酸化炭素、アルコールなど)を表し、点と点を結ぶリンクは化学反応を表しています。中央の赤い〇で囲ったところが、今回紹介したアルコールの分解反応に該当するところです。
こうして見ると、私たちの体の中ではたくさんの化学反応が複雑に起きていることが分かります。また、化学物質をノード、化学反応をリンクとして捉えることで、一見、無関係に思えるネットワーク構造は、ITやスマホどころか自分の身体にすでに構築されているのです。
出典:KEGG PATHWAY: Metabolic pathways – Reference pathway
https://www.genome.jp/pathway/map01100
2.細胞のネットワーク
次に、細胞のネットワークを考えてみましょう。私たちの体は約37兆個の細胞で構成されていて、それぞれが情報をやり取りすることで生命活動を維持しています。つまり私たちの体は、約37兆個の細胞をノード、やりとりをリンクとする巨大なネットワークと言い換えることができます。
この細胞間のやり取りを「細胞間相互作用」と呼びます。具体的には、細胞が「情報伝達物質(リガンド)」を放出し、別の細胞の「受容体」がそれを受け取るというプロセスです。キャッチボールで例えると、ヒトが細胞で、ボールがリガンド、グローブが受容体です。
花粉症も、この細胞間相互作用によって引き起こされる現象の一つです。
- 花粉が鼻の粘膜に付着する
- ヒスタミンが知覚神経を刺激し、くしゃみや鼻水が引き起こされる
- 鼻の細胞の受容体が花粉を認識し、ヒスタミンを放出する
細胞間相互作用の具体例といえば、花粉症です。
まず、花粉が鼻の粘膜に付着します。この時、鼻の細胞の表面にある受容体が、花粉をキャッチしている状態になります。本来、この受容体(グローブ)は、花粉(予期しないボール)でなくリガンド(期待していたボール)をキャッチするための受容体です。要は、意図せずにボールをキャッチしてしまった状態になります。そうすると、花粉が付着した細胞が、ヒスタミンと呼ばれるさらに別のボールを投げます。投げられたボールが知覚神経を刺激することで、結果的にくしゃみや鼻水が出てしまいます。これが花粉症の正体です。
出典:花粉症のはなし ~原因とメカニズム~|アレジオン【エスエス製薬】
https://www.ssp.co.jp/alesion/hayfever/
出典:共同発表:アレルギー反応を引き起こす化学物質が放出されるメカニズムを解明~アレルギー疾患の治療応用へ期待~
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20140609-2/index.html
これをネットワークで例えると、鼻の表面の細胞のネットワークから知覚神経のネットワークに向けてエッジが引かれる状態になり、ネットワークの構造が変化します。また鼻の表面の細胞と知覚神経は物理的に接触していませんが、細胞間相互作用のネットワークで見るとつながっていることになります。この、一見関連がない要素のつながりを見つけることが、ネットワークの面白いところです。
身体にも仕事にも重要な、ネットワークの役割
二日酔いや花粉症といった身近な現象も、ネットワークで説明することができます。ただし、これらのメカニズムが完全に解明されているわけではないため、特効薬はまだ開発されていません。しかし、水分補給や薬の摂取、休養といった対策を講じることで、ネットワークの維持管理は可能です。
また、ネットワークの概念は仕事にも応用できます。例えば、チームが増えるとネットワークも拡張され、予期せぬトラブルが発生することがあります。障害が発生した際には、ノード(デバイスやサーバー、アプリケーション)に問題がある場合や、リンク(回線)のトラブルなど、複合的な原因を考慮する必要があります。そのため、情報システム部門による保守・管理が不可欠。ただし、高度に複雑化したシステムは、もはや人だけでは管理できないため、ローコード+AIによるデジタルレイバーが重要です。
ネットワークひとつを例にしても、ITとバイオ分野は今後ますます密接に関わっていくでしょう。医療分野におけるネットワーク解析が進めば、二日酔いや花粉症に効果的な新薬の開発や、慢性疾患の治療などに貢献ことも、夢ではないかもしれません。生命科学での発見が、さらにITの進化へフィードバックされることも期待できます。BlueMemeでは、量子コンピューターやAIをはじめとして、ITとバイオの研究をさらに進めていきます。