パン屋さんに例えて学ぼう!分子生物学のセントラルドグマとは?
DNAや遺伝子という言葉については知っていても、自分たちの身体をどうやって形成するのかまで、正しく知っている人は少ないと思います。生物や生命の世界は、実はシステマティックで興味深い仕組みに溢れています。
今回は、「セントラルドグマ」(中心定理、中心主義)について解説します。分子生物学におけるセントラルドグマとは、遺伝情報が一方向に伝達されるという生物学の基本的な原則を指します。フランシス・クリックが1958年に提唱したこの概念は、生物の細胞内で遺伝情報がDNAからRNAへ転写され、そしてタンパク質へ翻訳されるプロセスを説明する原則です。実は、新型コロナウイルスのワクチン製造でも、この働きが使われています。
今回の記事では、セントラルドグマの3つのステップとその重要性について、パン屋さんに例えて解説します。
セントラルドグマをパン屋さんで例える上での前提
今回、セントラルドグマをパン屋さんで例えるにあたっての前提を説明しておきます。
例え | 生物学的表記 | 役割 |
パン屋の店長 | DNAポリメラーゼ | パンのレシピを作る人です。 |
パン屋さんのアシスタント | RNAポリメラーゼ | 店長の下でアシスタントとして働いています。 |
スタッフ | リボソーム | レシピを基に生地を作り、パンの形を形成し、焼き上げます。 |
レシピの原本 | DNA | 店長が作った、20,000を超える異なるパンのレシピの原本です。しかし、店長は字が汚かったり、ボツになったレシピも残っていたり、そのままではスタッフはレシピを読むことができません。 |
レシピのコピー | RNA | 店長が作ったレシピのうち必要な部分を、他の人も読めるようにアシスタントが綺麗に清書したものです。 |
パン | タンパク質 | レシピから作られるパンです。 |
セントラルドグマの3ステップ:複製、転写、翻訳
セントラルドグマには、「複製」→「転写」→「翻訳」という3つのステップがあります。それぞれのステップがどのように機能し、どのように連携して遺伝情報が処理されるのか踏まえつつ説明します。
1.複製(DNA→DNA)
- 複製は、細胞が分裂する際にDNA分子が自身を複製する過程です。これは主に、DNAポリメラーゼという酵素によって処理されます。
- DNAの二重らせん構造がほどけ、それぞれの鎖が新たな相補鎖を形成します。その結果、2つの新しいDNA分子が生成され、それぞれが元のDNA分子と全く同じ遺伝情報を持つことになります。
- これにより、細胞は自身を正確に複製し、新たな細胞に同じ遺伝情報を引き継げるようになります。
これを例えると…
- パン屋で修行していたアシスタントが独り立ちして、自分の店を構えることになりました。この時、店長の秘伝のレシピを真似して、自分なりのレシピを作り上げるという状況に相当します。
これを例えると…
- 店長が作ったレシピを、他の人も読めるようにアシスタントが清書する工程に対応します。
3.翻訳(RNA→タンパク質)
- 最後のステップが、翻訳です。翻訳は、mRNAに書かれている遺伝情報を使ってタンパク質を合成する過程です。リボソームと呼ばれる細胞の機構が、mRNAの塩基配列を読み取り、それに対応するアミノ酸を結合させてタンパク質を形成します。このアミノ酸の配列は、最終的にタンパク質の機能を決定します。
これを例えると…
- アシスタントが清書したレシピを基に、スタッフが実際にパンを作る工程に相当します。
セントラルドグマの例外
セントラルドグマの基本的なフレームワークは、遺伝情報がDNAからRNAへ、そしてRNAからタンパク質へと一方向に流れることを示しています。しかし、例外が存在し、その最も有名な例は、逆転写酵素によるRNAからDNAへの情報の逆流です。
逆転写酵素とは、特定のウイルス(特にレトロウイルスと呼ばれる種類)によってコードされる酵素です。これを利用してウイルスは宿主細胞のゲノムに自身の遺伝情報を組み込むことができます。レトロウイルスはRNAウイルスで、感染した細胞内で逆転写酵素を用いて自身のRNAゲノムをDNAに変換(逆転写)します。その結果生じたDNAは、宿主細胞のゲノムに組み込まれ、ウイルスの遺伝情報が宿主細胞に永続的に保持されます。
この過程は、セントラルドグマで説明される「DNAからRNAへの情報の流れ」に反するため、例外とされています。
これを例えると、
- 店長はこだわりの強い人で普段は他人の意見を聞き入れたりしませんが、他のお店から見学に来た一癖あるアシスタントが考えたレシピが店長に認められ、レシピ原本に追加されるようになったような状況と言えるでしょう。
セントラルドグマの日常生活への影響
セントラルドグマに関する研究は、分子生物学だけでなく私たちの日常生活に大きな影響を与えています。例えば、新型コロナウイルスのワクチンに使われたmRNAワクチンは、今回説明したRNAがタンパク質を合成するプロセスを利用したものです。人工的に合成したmRNAを体内に投与し、ワクチンとして用いています。
この他にも、遺伝子改変作物の開発などバイオテクノロジー分野で応用されたり、遺伝疾患の理解と治療など医学分野で応用されたり、非常に多くの分野で応用されています。
実は、パンと同じぐらい身近なバイオテクノロジーの世界
今回の記事では、パン屋さんがレシピに基づいてパンを作る過程に例えて、分子生物学のセントラルドグマという重要な概念を解説しました。秘伝のレシピがパン屋さんの成功に大いに寄与するように、DNAに書かれた遺伝情報は私たちの健康や生命の特性に深く影響を及ぼします。また、セントラルドグマの研究はノーベル賞を受賞するなど、科学全般の進歩に重要な役割を果たし、医療からバイオテクノロジーまで幅広い応用分野に貢献しています。 セントラルドグマの理解は、私たちの生活をより良くする可能性を秘めており、生命そのものへの理解を深める第一歩となるでしょう。
参考文献
▼Nobel Prize
https://www.nobelprize.org/
▼The Central Dogma | Introduction to Genomics for Engineers
https://learngenomics.dev/docs/biological-foundations/the-central-dogma
▼岡崎フラグメントとノーベル賞 | 名大ウォッチ
https://www.meidaiwatch.iech.provost.nagoya-u.ac.jp/2017/10/post-13.html
▼mRNA医薬・mRNAワクチンとは何かhttps://www.jstage.jst.go.jp/article/tits/26/10/26_10_38/_pdf/-char/ja