多様性の源泉である遺伝子変異:個性を形作る生命の設計図の秘密

私たちの身体は、目に見えない小さな設計図に基づいて作られています。この設計図こそが、ゲノムと呼ばれるものです。ゲノムは、私たち一人一人の特徴を決定する重要な情報を含んでいます。このゲノムは人それぞれに少しずつ違いがあり、その違いが私たちの個性を生み出しています。私は大学院でゲノム解析をテーマにして研究をしていて、日々ゲノム配列とにらめっこしています。今回は、このゲノムの違い、すなわち「変異」について詳しく見ていきましょう。
ゲノムとは?
はじめに簡単におさらいすると、ゲノムとは、生物が持つ遺伝情報の全体を指します。この情報は、DNAという物質に記録されています。DNAは、A(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)という、4種類の塩基の並び方によって情報を表現しています。人間の場合、約30億個の塩基対がゲノムを構成しています。
ゲノムや染色体、DNA、遺伝子など、これらの用語について解説した関連記事も読んでみてください。
遺伝子変異とは?
変異とは、ゲノムの配列に生じる変化のことを指します。より具体的には、ある種族や集団の平均的なゲノム配列(これを「参照配列」と呼びます)と比較して、異なる配列が見られることを意味します。特に遺伝子領域に起こるゲノム配列の変化のことを、遺伝子変異といいます。
遺伝子変異の種類
遺伝子変異にはいくつかの種類があります。主なものを見ていきましょう。
1. SNP(一塩基多型)(SNV 一塩基変異)
SNP(Single Nucleotide Polymorphism)は、最も一般的な遺伝子変異の形式です。これは、DNAの1つの塩基が別の塩基に置き換わる変異のことを指します。SNV(Single Nucleotide Variant 一塩基変異)とも呼ばれます。この変異は、人間の個体差の多くを説明する要因となっています。
2. INSERTION(挿入)
INSERTION(挿入)は、DNAの配列に1つ以上の塩基が新たに加わる変異です。この変化により、遺伝子の機能が変わったり、まったく新しいタンパク質が作られたりする可能性があります。
3. DELETION(欠失)
DELETION(欠失)は、DNAの配列から1つ以上の塩基が失われる変異です。これは挿入とは逆の現象で、この変化により、遺伝子が作り出すタンパク質の構造や機能が変わってしまうことがあります。
4.タンデムリピート
タンデムリピートは、特定のDNA配列が連続して繰り返される現象です。この繰り返し単位は数塩基から数百塩基までさまざまで、繰り返しの回数も個体間で異なることがあります。このような繰り返し配列の回数が増加または減少することで、遺伝子の機能に影響を与える可能性があります。
5. CNV(Copy Number Variant コピー数多型)
コピー数多型(Copy Number Variation: CNV)は、ゲノム上の特定の領域が、個体間で異なる回数だけ存在する現象を指します。コピー数多型は、遺伝子の発現量に直接影響を与える可能性があるため、個体の特徴や疾患感受性に関与することがあります。
遺伝子変異の影響
遺伝子変異は、私たちの体にどのような影響を与えるのでしょうか。
遺伝子は、タンパク質を作るための設計図と考えることができます。遺伝子に変異が起こると、作られるタンパク質にも変化が生じる可能性があります。タンパク質は体内でさまざまな役割を果たしているため、この変化が私たちの体の特徴や健康状態に影響を与えることがあります。
例えば、以下のような変化や影響が起きる可能性があります。
- 目の色を決定する遺伝子の変異により、青い目や茶色い目など異なる目の色が生まれる
- 特定の病気のリスクを高める遺伝子変異もある
- 薬の効き方に影響を与える遺伝子変異もあり、これは個別化医療の基礎となっている
しかし、すべての遺伝子変異が目に見える影響を及ぼすわけではありません。私たちの体に特に影響を与えない変異も、多くあります。
遺伝子(DNA)からタンパク質が作られる流れを、セントラルドグマといいます。以前の記事で詳しく解説しています。
ゲノム解析:変異を調べること
ゲノム解析とは、個人のゲノム配列を調べ、その中に含まれる変異を特定する過程です。近年の技術の進歩により、個人のゲノムを比較的安価かつ迅速に解読することが可能になりました。
ゲノム解析によって、以下のようなことが可能になります。
- 遺伝性疾患のリスク評価
- がんの早期発見や治療法の選択
- 薬の効果や副作用の予測
- 人類の進化や移動の歴史の解明
リープリーパーにはゲノム解析に関連する記事が多くあります。これらも参照してみてください。
両親から受け継ぐ遺伝情報
私たちは、父親と母親からそれぞれ1セットずつの染色体を受け継ぎます。そのため、常染色体上の各遺伝子について2つのコピー(対立遺伝子)を持っています。これらの対立遺伝子は、タンパク質の合成に直接影響を与えます。例えば、両方の対立遺伝子が正常な場合は通常のタンパク質が合成されますが、一方または両方の対立遺伝子に変異がある場合、タンパク質の量や構造が変化し、時として疾患のリスクが高まることもあります。
遺伝子変異を個人で調べられる時代に
今回の記事では、遺伝子の変異とその影響について解説しました。
遺伝子変異は、私たちの個性や健康に大きな影響を与える重要な要素です。ゲノムの中に存在するSNPや挿入、欠失、タンデムリピート、CNVなどのさまざまな種類の変異が、私たちの身体の特徴や疾患リスク、薬への反応性などを決定しています。近年のゲノム解析技術の進歩により、個人レベルでの遺伝情報の解読が可能になり、これらの変異を詳細に調べることができるようになりました。この知識は、個別化医療や疾患予防、人類の進化の理解など、多岐にわたる分野で活用されています。
遺伝子変異の知識が私たちの身近な話題になる日も、そう遠くないかもしれません。