TESCREAL視点で考えるローコードと、結局何を選択すべきか?問題
「TESCREAL(テスクリアル)」とは、世界観や行動を形成する7つの思想哲学の集合です。今後のテクノロジーを語る上で極めて重要なキーワードであることは間違いありません。企業活動で重視される、DE&I(多様性・公平性・包括性)やSDGsとも、(これらに対する否定的な見解があることも含めて)深く関係します。
過去2回の記事に続いて今回は、もう少し身近な切り口も見てみましょう。リープリーパーで推奨している「ソフトウェア開発の民主化としてのローコード・ノーコード開発プラットフォーム」を、TESCREALの文脈で考えるとどう解釈できるのか。そして、結局、私たちはTESCREALをどう捉え、何をすべきか?そのヒントを探ってみます。
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[nlink url=/2024/01/30/tescreal-proponents-arguments-vs-issues-identified-by-opponents/]
TESCREAL推進者の主張と、課題を指摘する保守派を巡る論争と課題
ローコード・ノーコード開発について、TESCREAL視点で考えると
プログラミングコードをほとんどもしくは全く書かずにソフトウェアを開発できるのが、ローコード・ノーコード開発プラットフォームの特徴です。高速な開発を実現し、変化にも強いアジリティー(俊敏さ)や柔軟性、外部システムと統合・連携できるインテグレーションは、ダイナミックに進化する社会に適応する上で、大きなアドバンテージです。TESCREALが包含するさまざまなイデオロギーに沿ったアプリケーションも、高速に開発・展開できます。その文脈で解釈すると、次のように解釈できそうです。
非ITユーザーの能力を拡張
ITエンジニアではない個人にも、シチズンデベロッパー(市民開発者)としての道を開く民主化は、TESCREALのトランスヒューマニズム(人間の限界を押し広げ、能力を高める可能性)に通じています。これは、多様な人々がテクノロジーの未来に関する議論に積極的に参加するチャンスを開きます。また、多数派に支持される技術だけでなく、あらゆる技術の開発に倫理的配慮が組み込まれるように、設計や開発、運用にも関与できます。
アジリティー(敏捷性)の向上
新しいテクノロジーへの迅速な適応を目指す組織にとって、スピーディーな開発・提供は極めて重要。TESCREALのイデオロギーに関連するアイデアをすぐに実装してテスト、改良を繰り返すために、迅速にプロトタイプを作成し、ソリューションを反復・洗練させられます。
現場を知る人自身が内製化
例えば、遺伝工学や生物学、宇宙物理学など、専門的な科学研究や調査、教育、コミュニケーションツールを、現場の人たち自身が直接開発できます。地球規模の課題に取り組むための、高度なデータ分析や資源配分、影響測定のためのソフトウェアも、関係者自身が開発・改良して、効果を向上させることが可能です。
幅広いインテグレーションや拡張性
APIを通じたインテグレーションによって、TESCREALの理念を実現する既存のシステムと統合したり、関連する分野とのコラボレーションも促進されます。
効率化とコスト削減による余裕
従来のソフトウェア開発に掛かる時間とコストの大幅な削減は、TESCREAL関連技術の進歩に投資しようとしている組織にとって有益です。リソースを再配分することで、教育やトレーニングプログラムに割り当てられます。
倫理的配慮とセキュリティー
技術が「悪」ではなく「善」のために使われるには、倫理的フレームワークと説明責任とがセットで必要です。技術的ステークホルダー以外の幅広い参加を得て、透明性を確保し、より倫理的・効率的に開発できます。
ソフトウェア開発の民主化!って、そもそも「民主主義」って何だ!?
リープリーパーでは、『ローコード・ノーコードとは、ソフトウェア開発の民主化である』という話を繰り返しています。そのスタンスは、TESCREALが描くテクノロジーの民主化と一致しています。
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ここで一旦、民主主義について再確認しておきます。民主主義には、国民主権や自由選挙などいくつかの原則がありますが、よく知られているものの、誤解されることが非常に多い多数決に注目してみましょう。
民主的な意思決定とは、単に多数決に従うことではありません。例えば51対49になった時、機械的に51側の意見だけで全てを決め、49側は無視していいということではありません。民主主義とは、マジョリティーになった側がマイノリティー側の民意も汲み、全体に責任を持って運営していくという姿勢です。
- 包括性:立場の違いにかかわらずすべての声は聞き入れられ、多数派に反対する人々とも積極的に関わることで、一定の範囲で考慮される価値がある。
- 説明責任:選ばれた者は、すべてのステークホルダーのために行動する責任がある。透明性とオープンなコミュニケーション、言動に責任を持つ仕組みが必要。
- 少数派の権利の保護:多数派と違う見解を持っている場合でも、少数派の基本的権利と自由は保護され、差別されることもなく、機会が均等に担保される。
- 制度上の保護措置:原則を守り、多数派の専制を防ぐためには、強固なルール設定と独立した制度、監視が不可欠。
組織が何かのサービスや手法を採用した場合、構成員はその決定に従うことが前提です。多くの場合で、技術や社内文化、ビジネス的な判断で決まり、一般の従業員に選択権(投票権)はありません。多数決で決まることもあるでしょう。しかし組織は、なぜそれが必要なのか、個人とチームにとってどのようなアドバンテージやリスクがあるのか、学習やサポートなど必要なリソースはどこで得られるのかなど、公平性や透明性、説明責任を果たすことが必要です。これらの民主的アプローチは、開発経験が豊富なエンジニアにも、新たな技術的チャレンジのチャンスを広げるきっかけになります。
テクノロジーによるディストピアを回避するには?
テクノロジーの革新的進歩によって、未来は希望と繁栄のユートピアであると願いたいところ。その一方で、人権や社会正義、倫理的リスクなどの潜在的課題も無視できません。技術至上主義やカルト化に走ることで民主主義が脅かされないようにするには、どうしたらいいでしょうか?
とはいえ、TESCREALをどう捉えるか、立場や考えの違いで論争が巻き起こっているわけで、シンプルかつ誰もが納得できる解決策はありません。それでもヒントを探ってみましょう。
今まで見てきたように、TESCREALとは多様なイデオロギーの集合体であり、一枚岩の運動ではありません。また、技術を否定する過剰反応に振れるためのものでもありません。その意味では「推進派 vs 反対派」という分かりやすい二項対立で捉えるのは短絡的ですが、現実にはそうなりがちです。
テクノロジーの革新的進歩を進める。支配や不平等、抑圧のディストピアを避け、社会正義も実現する。矛盾も多いこれらを両立させるには、潜在的な課題を整理し、批判的思考を交えて真剣に考慮する民主的アプローチが極めて重要です。ステークホルダー同士がオープンで透明性の高い議論を繰り返し、信頼を築きながら、社会のニーズや価値観を反映することがより一層求められていくでしょう。
メモ:今さらながら、この記事の著者自身の立場や考え方を示しておくと、私自身はITエンジニアではありませんが、TESCREALが示すテクノロジーの進化には大いに期待しています。ただ、前の記事で紹介したEAとe/accならEA寄りのマインドです。そのため、以下の内容はe/accからはバッサリ全否定されるだろうという点にはご注意ください。
- 人間中心の設計を最優先に:すべてのテクノロジーは、人間の幸福と社会正義を中核として開発されるべき。人間のニーズや価値観を最優先する、包括性やアクセシビリティーなど。
- 倫理的配慮と規制:人権と自由を尊重し、責任を持って開発・使用されることを保証するために、テクノロジーが環境や社会に与える影響を慎重に考慮。強固な倫理的枠組みとガイドライン。
- テクノロジーの民主的管理:強力なテクノロジーが権力に乱用されるのを防ぐ、民主的で透明性がある仕組み。自分の身体と心をコントロールできる、ガイドラインとインフォームドコンセント。
- 包括的で透明性のある開発:技術の進歩が持続可能な未来に貢献するために、各ステークホルダーのニーズと価値観を反映する、民主的な意思決定への市民参加、透明性あるオープンな議論。
- 批判的な議論への情報提供:オープンに対話するために、時に批判的な文脈からも議論を重ねる。テクノロジーのプラス面・マイナス面を理解することで、潜在的な悪影響に備えて、軽減する。
- 未来への積極的関与:知識とスキルを身に付けるリテラシー教育やリスキリング、批判的思考、プライバシーとセキュリティ教育。テクノロジーが人々の利益に使われることを積極的に支援。
- 社会的セーフティーネットへの投資:急激な技術革新によるデジタルディバイドという悪影響を緩和するには、インフラ投資やソーシャルベーシックインカムなども、有効な対策の一つ。
未来の選択は、私たち一人ひとりの手に
ローコード・ノーコードツールは、目の前の課題を迅速に解決することにも使えますが、それを無視して宇宙進出した100年後のためにも利用できます。真に民主的なアプローチはテクノロジーで実現されるかもしれませんが、人間はそこまでシステマティックではなさそうです。
未来は、選択する私たち一人ひとりにある―これは、決して綺麗事・他人事ではありません。技術が高度に発展した社会では、結局、『テクノロジーは何のためにあるのか?そもそも、人間とは何なのか?』についてより深く考えざるを得ません。個人の民主的な参加を促進し、市民レベルで支援することで初めて、TESCREALが目指すテクノロジーによる公平で豊かな未来を形作ることができます。
しかし、残念ながら現実には、声の大きな人の意見にばかり注目され、宗教戦争にも似た各陣営の激しい闘争が続くでしょう。とにかく、テクノロジーの恩恵を受けつつ潜在的なリスクを回避するには、時に批判的思考でチェックしながら責任を持って活用することが重要です。正しく知り、時に警戒しながら、他者と意見交換しつつ、効果的かつ安全に使う方法を探り続ける。これから、どんなテクノロジーと未来を選択していくか、引き続き対話しながら一緒に考えていきましょう。皆さんからの、ご意見・ご感想もお待ちしています。
理人様 見ず知らずの者に温かいアドバイスをありがとうございます。 生物学の中だけ…
Soさん、ご質問ありがとうございます。 博士課程で必要な生物学の知識は、基本的に…
貴重な情報をありがとうございます。 私は現在データエンジニアをしており、修士課程…
四葉さん、コメントいただきありがとうございます。にんじんです。 僕がこの会社この…
面白い話をありがとうございます。私自身は法学部ですが哲学にも興味があります。 ふ…