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バイオバンクや個別化医療など、ゲノム医学ヘルスケアの最新潮流

松原 太一

筆者は、普段ライフサイエンスやコンピューターサイエンスを専門とするバイオインフォマティシャンで、ゲノム医学の領域での研究活動に携わっています。今回の記事では、先日参加した国際シンポジウムで紹介されていた、ゲノム医学の最新技術トレンドについて情報を共有します。

私が参加したのは、「Tokyo Symposium & Workshop on Genomic Medicine, Therapeutics and Health」です。⽇本や北⽶、フランス、イギリスの学術界と産業界の演者が⼀堂に会した、国際的なイベントでした。ゲノミクスやRNA⽣物学、免疫学、疫学、データサイエンスなど、医学・⽣物学の進展の中⼼的な研究領域について、最先端の研究と応⽤事例が発表されました。このシンポジウムで、特に印象的だった内容についてまとめてみます。

開催日程:シンポジウム 2024年4月8日(月)~10日(水)
主催:理化学研究所⽣命医科学研究センター 等

生命情報の銀行「バイオバンク」

お金に対する保管庫が銀行(バンク)であるように、生体情報の保管庫は「バイオバンク」と呼ばれます。バイオバンクは、人々から提供された生体試料(血液や組織など)と、それに関連する健康情報や遺伝情報(DNA)を収集・保管し、研究に活用する施設や組織です。

バイオバンクは、疾患の原因解明や新薬開発、個別化医療の実現に向けて重要な役割を果たしています。世界最大規模の50万人のバイオバンクは、イギリスのUK Biobank (UKB)です。日本では、東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)や、バイオバンク・ジャパン(BBJ)が、代表的なバイオバンクです。

このシンポジウムには、UK Biobankのテクニカルリードらが来日し、同社の全貌とデータアクセスのための手法について講演しました。

バイオバンクで可能になるのは生体防御のための統計解析

では、バイオバンクで何が可能になるのでしょう?バイオバンクに蓄積した膨大な情報を統計的に解析することで、生体を疾患から守るための多様な知見を得られます。具体的には、以下のような統計的な解析が可能になります。

  • GWAS(ゲノムワイド関連解析):ゲノム全体を対象に、疾患や形質に関連する遺伝子多型を探索する手法。
  • PheWAS(フェノームワイド関連解析):ある遺伝子多型が、複数の疾患や形質に与える影響を網羅的に解析する手法。
  • PRS(ポリジェニックリスクスコア)解析:複数の遺伝子多型の影響を統合し、個人の疾患リスクを予測するスコアを算出する計算機的な手法。
  • メンデルランダム化:遺伝子多型をinstrumental variableとして用いることで、因果関係を推定する手法。
  • Fine Mapping:関連が検出された領域内の真の原因変異を特定する手法。
  • ロングリードシーケンス技術:ヒトのゲノム構造をより正確に把握する技術。

バイオバンクを実施する過程で、何万人〜何十万人という協力者の健康状態を、経時的に追うことが可能です。これにより、生活習慣や遺伝的な特性がどのように疾患と関わっているのかなどについて、計算機的手法を元に解釈しやすくなるのです。

[nlink url=/2024/04/25/gene-analysis-of-long-read-sequencing-as-jigsaw-puzzle/]

個別化医療に向けた解析方法論の最新潮流

個別化医療」とは、個人の遺伝的・形質的特性に基づいて、最適な予防・治療法を提供するアプローチです。バイオバンクプロジェクト実施の一つの目的は、この個別化医療を実現することです。

例えば、ある疾患に対する薬剤の効果は、バイオバンク集団内で異なることがあります。ある遺伝的・形質的特性を持つサブグループでは薬剤が効果的でも、別のサブグループでは効果がなかったり、あるいは薬の期待する効果と逆効果を示したりすることがあります。また、同一の薬でも、個々人の持つ生体情報の特性から効くのか効かないのかが左右されます。

このような違いを理解し、個人に最適な治療法を提供することが個別化医療の目的です。シンポジウムでは、実際に日本の東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)といった国内の先進的なバイオバンクから、個別化医療に向けた取り組みが紹介されていました。

生成AIや大規模言語モデル技術の本格投入は、恐らくこれから

私が参加して聴講した限りでは、まだ生成AI技術や最新の大規模深層ニューラルネットを活用した取り組みは、あまり紹介されていませんでした。しかし、自然言語処理等の分野で先進的なLLMのテーマは、これからゲノム医学の分野に台頭してくると思います。

シンポジウムでは、生命倫理の専門家がバイオバンク実施における倫理やプライバシー保護に関して講演していたのも印象的でした。バイオバンクとAIシステムの融合は、医療や社会に大きな影響を与える可能性がある一方で、倫理的・法的・社会的な観点から、適切な議論と規制が必要になるはずです。

この領域は、2〜3年で一気に景色が変わるはずなので注目していきたいです。

[nlink url=/2024/03/01/dna-as-a-language/]

バイオインフォマティシャンを求む!

シンポジウムで印象的だったのは、とある日本人研究者が講演で『バイオインフォマティシャンが足りない』と語っていたことでした。日本は、世界のバイオバンクの中でもかなり先進的な取り組みをしている国の一つで、複数の国際的規範となるバイオバンクを有しています(ながはまコホート・BBJ・ToMMO)。つまり、データ基盤が潤沢にあるのに、バイオインフォマティシャンが足りないのが現状です。

この講演者は、数学や計算機科学、法制度や倫理など、あらゆる分野の専門性を持つ学生らが、生命医学の分野にチャレンジすることの重要性を訴えていました。気になっている学生はぜひ、この領域へダイブしてみてください!!

[nlink url=/2024/01/11/bioinformatician-basics101/]

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松原 太一
松原 太一
研究員(専門分野:バイオインフォマティクス・深層学習・量子コンピューティング)
2021年から株式会社BlueMemeで量子コンピューティングやゲノム情報解析の研究開発を担当。専門分野は、量子AIの生命医科学への応用。BlueMemeに在籍する傍ら、2023年度より社会人学生として、九州大学大学院システム生命科学府へ進学し博士号取得を目指す。
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