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欲しいのは「より速い馬」?顧客ニーズに応えるイノベーションの罠

リプリパ編集部

『もし顧客に何が欲しいか尋ねたら、彼らは「もっと速い馬」と言っただろう』―これは、自動車王ヘンリー・フォードが言ったとされる言葉。プロダクト開発やマーケティングの現場でしばしば引用される名言です。

しかし実は、彼がこれを言った記録はありません。今回の記事では、顧客へのヒアリングと顧客満足の達成という神話、また前例のないイノベーションに挑むことの真意を考えます。

名言に注意しつつ本質を改めて考える、以前の記事もぜひ合わせてお読みください。

H.フォードは「速い馬」など何も語っていなかった!

フォード・モーターの創業者であるヘンリー・フォード氏は、組立ラインを使って自動車を大量生産し、自動車産業だけでなく社会に革命をもたらしました。そのため、彼の言動はビジネスやイノベーター精神の文脈で引用されます。

その最も知られているフレーズが、冒頭でも紹介したこれ。結論を言えば、これは事実ではありません。

名言(とされる言葉)

『もし顧客に何が欲しいか尋ねたら、彼らは『もっと速い馬』と言っただろう。』

ジャーナリズム財団The Daily Caller News Foundationが、ヘンリー・フォード博物館のデジタルアーカイブを調査したものの、一致する記録はありませんでした。また、彼の自伝『My Life and Work』にもその記述はありません。

さらに、名言のファクトチェックサイトQuotes Investigatorによれば、この言い回しがフォード氏と最初に結びついたのは、1999年に刊行されたクルーズ船の業界誌の記事でした。船の設計者であるジョン・マクニース氏が、潜在的顧客の願望について推測している中で、フォード氏の名前を挙げていたのです。

▼Quote Origin: My Customers Would Have Asked For a Faster Horse – Quote Investigator
https://quoteinvestigator.com/2011/07/28/ford-faster-horse/

『人々が何を望んでいるのかを、聞き込み調査によって突き止めようとすることには問題がある。つまり、もしヘンリー・フォードが自動車を作るべきかどうかについて人々に聞いていたら、彼らはおそらく、「本当に欲しいのはもっと速い馬」だと言っただろう。

この記述が、フォード氏自身が言った言葉だと誤解・改変・都合よく解釈され、世界中に拡がって現代に至っているわけです。

イノベーションのジレンマは1920年代にも

さて、偽名言はそれとして、実はフォード社を巡る栄枯盛衰は、現代にも通じる示唆に富んでいます。それは、成功が陥る罠—いわゆる「イノベーションのジレンマ」です。

1910年代、フォードの代名詞ともいえるT型フォードは大成功を収め、アメリカの自動車製造・販売の50%という高いマーケットシェアを獲得しました。それまで富裕層の乗り物だった自動車を、自社の工場労働者を含む一般市民も手が届く価格で販売したのです。

このフォード社の快進撃を支えたのが、画期的な自動車の大量製造システムでした。デトロイト郊外の川沿いに巨大な工場の建設し、鉱山で採掘した原材料を専用船で運び、鉄と鋼鉄に精錬して、エンジンやトランスミッション、フレーム、ボディーを製造。ガラスやタイヤも工場内で製造され、これらすべてが組み立てられて出荷される、現代にも通じる垂直統合型の生産ラインが確立されていました。

実はこの圧倒的な成功が、次のイノベーションの阻害要因となったのです。製造コストの削減や信頼性の向上につながる調整は繰り返したものの、それまでの手法を大きく変えるような変化を恐れ、電気スターターや油圧ブレーキ、ワイパー、豪華な内装など、他社が進める革新的な技術には後れを取りました。1920年代前半には売上が低迷し始め、その後はゼネラル・モーターズ社とクライスラー社に抜かれ、業界第3位に転落。

スタート当初はフロンティアに挑戦していた組織が、過去の成功体験に縛られ、消費者ニーズの変化や技術の進歩、社会のトレンドを見誤り、後発で規模が小さいスタートアップに破れてしまう―まさに「イノベーションのジレンマ」という、トランスフォーメーションの失敗が起きていたのです。

顧客ニーズや市況、技術はより混迷の時代に

自動車業界を取り巻く状況は他にも現代に通じているので、もう少し見てみましょう。

デトロイトの自動車産業は、1970年代以降、日本やヨーロッパのメーカーの台頭やオイルショックなどの影響で衰退しました。2008年のリーマンショックや2011年の同時多発テロ事件を経て、2013年、デトロイト市はついに財政破綻。ラストベルト(錆び付いた工業地帯)をどう再建するかは大統領選挙の争点の一つでしたが、これは一企業だけの問題でなく、産業構造やエネルギー環境、国際情勢の変化が背景にあります。

エネルギーといえば、気候変動対策への危機感から脱炭素社会への移行が推奨され、ガソリン車から電気自動車(EV)へのシフトが進むかに思えました。しかし、ウクライナ情勢により、エネルギー事情が大きく変化。そして、トランプ政権が地球温暖化対策を糾弾しているのが今。

アメリカの強権的かつ気まぐれな関税政策により、日本の自動車業界は大打撃を受けています。工場の閉鎖や製造拠点の移転は、系列企業に限らず都市そのもの未来を大きく左右します。また、物流が逼迫する「2024年問題」にしても、2025年になったからといって解決されたわけではなく、むしろより深刻さを増しています。

このように、モビリティーという一つのテーマを取っても、課題を解決する技術革新のスピードよりも、燃料費や人件費の高騰、人材不足、国際情勢の急変という現実が、怒濤のように押し寄せています。

必要なのは、ユーザーのインサイトを分析するシステム

ユーザーのニーズを丁寧に細かくヒアリングすることは重要です。しかし、彼らが常に正直に答えてくれる・正確に言語化できるとは限りません。また、実現までに時間が掛かりすぎると、ニーズや環境がすでに変わっている可能性もあります。

モノや人をもっと速く、遠くへ、大量に運ぶニーズに対するソリューションは、時代と共に変化しています。企業は、成功体験の自己神話に酔う前に、「そもそも、なぜコレが必要とされているのか?」という問いに常に立ち返る必要があります。

昨今は、無人運転タクシーやドローンによるモビリティーの実証実験が進む一方、貨客混載やライドシェアの規制緩和の動きもあります。「東京モーターショー」が「ジャパンモビリティショー」と名称を変えたのが2023年。自動車や内燃機関の概念に留まらない、AIやロボット技術を持つ多くのスタートアップが出展しました。

また、そもそも物理的にモノや人を運ぶ必要がないように、現地で生産・製造したり、リモートの解像度を上げるために、デジタルツイン(仮想の双子)を構築したり、イマーシブという臨場感・没入感がさらに注目されています。

組織にとって、創業期の成功と躍進を支えた基幹事業であるほど、後から参加した社員や若い世代が手を付けられません。「モノや人ではなく、情報を高速に共有できないか?」を突き詰めることは、自動車というニーズの自己否定だからです。

ユーザーのニーズに応えて企業が製品やサービスを提供したとしても、それがどの程度・いつまで有効かは全く予想できません。そのため、ユーザーの言動を具体的に把握し、データからインサイトをリアルタイムで分析する、高度かつ柔軟なITシステムが求められています。

BANIと呼ばれる、先行きが全く想像できない現代では、求められているのは「もっと速い馬」ではありません。時に、既存事業とのカニバリズム(共食い)すら除外しない、「もっと速い意思決定」が必要とされています。

ユーザーのニーズを軽視すれば、DXは失敗するが

マーケティングの世界でも、食品メーカーの事例がよく知られています。例えば、消費者アンケートでは、ユーザーは健康志向を示して「より糖分や塩分、脂肪分が少ないヘルシーなメニューを望む」と回答します。しかし、実際に製品化してみると売上が全く伸びない…

マーケット主導ということは、消費者(ユーザー)に主導権があるということ。しかし、消費者がイノベーションを発想することはありません。成功すれば賞賛してくれますが、失敗は糾弾し、責任も取りません。しかも、移り気という厄介な存在。

製品やサービスを提供する企業側としては、「顧客に聞いても本質は見えない」「ユーザーは自分が欲しいものを必ずしも言語化できない」「ユーザーの声に翻弄されるのは無意味」と切り捨てたくなるのも、ある部分は理解できます。しかしだからといって、顧客の声を全く聞かなくていいということにはなりません。ニーズを無視すれば、ユーザー中心設計やデザイン思考とも矛盾する、別のリスクがあります。

重要なのは「ユーザーが何を言ったか」ではなく、その背後にある行動や状況、制約や願望を読み取ることです。それが、インサイト(本音)の掘り下げであり、ヒアリングやユーザー調査の本質です。ユーザーインタビューやフィールドリサーチでは、表面的な言葉を鵜呑みにせず、感情や行動を観察して「翻訳」する力が求められます。単なる要望聞きから脱却し、再構築する力が不可欠。これは営業担当者だけでなく、エンジニアやサポートまで、すべての人材に求められる重要なスキルです。

重要なのは、ヒアリング結果の「翻訳」と高速な具現化

一般市民への自動車の普及は、「ソフトウェア開発の民主化」であるローコード・ノーコード開発や、革新的なAIエージェントコーディングやAIプログラミングにも通じます。

しかし、プログラミングそのものの経験がない非エンジニアにとって、ソフトウェアでソフトウェアを開発することの革新性を認識するのは、「もっと速い馬」をイメージするよりも難しいはず。プログラム自体は引き続き必要なものの、人間による非効率な手入力が不要になるメリットが、具体的に想像できないとしても無理はありません。

ソフトウェアを顧客自身が開発できる昨今、エンジニアにはさらに一つ上のスキルが求められるように変化しています。アジャイルなローコード開発では、「ドキュメントではなく、実際に動くものをユーザーに見せてフィードバックを得る」ことを基本としています。そのサイクルの中で、ユーザーの声をただ反映するのではなく、翻訳または解釈し、優先順位をつけて扱い、改善を繰り返していくスキルが重要です。

エンジニアがユーザーと共にプロトタイプを触りながら開発を進めることで、ユーザーが語らなかった・語れなかった真のニーズを発見し、課題の再定義や本質の抽出につながります。また、技術的制約とユーザー要望とのバランスを、開発チームとクライアントが対話を通じて擦り合わせていくことができます。ここで鍵となるのが、ユーザーの言葉をそのまま聞いて実現しようとするのではなく、構造的に解釈し、再構成する設計的な思考力です。


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