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DXが陥る最適化の罠-あなたの組織は何を測定し、見落としているか

リプリパ編集部

前回の記事で紹介した、イチロー氏が警鐘を鳴らした「みんなで同じことをやっている」野球。データが示す最適解に全員が収束し、予測不可能性や多様性、個性が失われる「最適化の罠」は、実はビジネスの世界でも同じ構造で起きています。

あなたの組織は、何かを測定・分析する中で、重要なことを見落としていないでしょうか?測定可能な指標だけに注目し、測定できない重要な価値を失ってはいないでしょうか?

ビジネスにおける最適化の罠パターン

KPI管理の落とし穴

多くの企業が「データドリブン経営」を掲げ、KPI(重要業績評価指標)で組織を管理しています。売上高、利益率、顧客獲得単価、離職率など、測定できる数値を設定し、その達成度で評価しています。

例えば、コールセンターの応答時間が典型的な例です。「平均応答時間を30秒以内にする」というKPIを設定すると、オペレーターは素早く電話を切ることを優先するようになります。結果として、顧客の悩みは完全には解決せず、顧客満足度は低下してしまいます。測定しやすい「応答時間」が目的化する一方で、測定しにくい「問題解決」が軽視されます。

この問題は、測定しやすい指標だけがKPIとして設定され、それが組織の行動を歪めてしまうこと。KPIそのものが悪いわけではないにもかかわらず、測定しやすい指標だけを追いかけた結果、測定されない価値が失われてしまいます。

Gallupの2025年調査によれば、グローバルのエンゲージメント率は2024年に21%に低下し、それによる生産性損失は年間4,380億ドルに達しました。一方で、高エンゲージメント企業は23%高い生産性と21%高い収益性を実現しています。この差は、管理のためのKPIか、支援のためのKPIかの違いです。

出典:Gallup(2025年)、HR Dive(2025年4月)、Workday(2025年8月)

効率化が創造性を奪う

DXの文脈で「業務効率化」が叫ばれ、工数削減や自動化、プロセスの標準化が重視されています。これらは必要なことですが、測定可能な工数だけが削減対象になっているとしたら危険です。

例えば、業務フローの効率化の一つとして、会議時間の削減はよく指摘されがち。「会議は30分以内」というルールを徹底すると、確かに総会議時間は減ります。しかし、複雑な課題について深く議論したり、部門間で摺り合わせする時間が失われ、結果として意思決定の質が下がってしまいます。さらに、「正式な」会議以外で記録に残らないネゴシエーションという、シャドー化の弊害も。ここでも、「時間」は測定できますが「議論の質」は測定できません。

Slackなどのビジネスチャットツールでも、即レス文化が広がると、深い思考の時間が失われがちです。「返信速度」は可視化される一方、「思考の深さ」は可視化されないから。組織全体が「速さ」という測定可能な指標に最適化されれば、「深さ」という測定困難な価値が失われるのは当然です。

McKinseyの調査では、2030年までに創造性や批判的思考といった高度な認知スキルの需要が19%成長する一方、基本的なデータ入力や処理スキルは19%減少すると予測されています。AIなどによる効率化によって削減されるのは、単純作業だけではありません。深く考える時間や試行錯誤する余裕、創造性を発揮する機会も同時に失われているのです。

出典:McKinsey(2025年9月)、Gartner(2024年10月)

人事評価システムの副作用

人事評価システムは、公平性と透明性を担保するために設計されます。360度評価やコンピテンシー評価、OKRなど、人事評価システムは年々高度化しています。しかし、ここでも評価項目として設定された項目だけが重視され、評価項目にないことは軽視されがちです。

ある企業で、詳細なコンピテンシー評価を導入したケースを考えます。リーダーシップやコミュニケーション力、問題解決能力など、さまざまな項目を5段階で評価しする制度です。すると社員は、会議で発言回数を増やしたり、報告書を丁寧に作る、上司に積極的に相談するなど、「評価されやすい、見える行動」を取るようになります。

成果主義や相対評価を導入すると、問題はさらに深刻化します。同僚は競争相手になり、協力よりも競争が優先されます。他者と協力したり、支援している場合ではなく、情報共有は減り、ノウハウの属人化が進み、チーム内の雰囲気は最悪に。

実際、85%の従業員が「不公平な評価を受けたと感じれば退職を検討する」と回答しています。さらに、Deloitteの約5,000人のマネージャーを対象とした研究では、評価の62%が「評価者個人のバイアスによるもの」だと判明しました。これは、評価システムそのものの構造的限界を示しています。

出典:Harvard Business Review(2025年6月)、SelectSoftwareReviews(2025年1月)、ThriveSparrow(2025年7月)

顧客満足度スコアの罠

マーケティングにおいて、NPS(ネットプロモータースコア)やCSAT(顧客満足度スコア)、CES(顧客努力指標)などは、顧客満足度を計測する代表的な指標です。これらを向上させることが、カスタマーサクセス部門の目標です。しかし、それ自体が目的化すると、本質から外れていきます。

例えば、「購入後、一週間以内にレビュー依頼メールを送る」「高評価をつけてくれた顧客にだけフォローアップする」「低評価の可能性がある顧客には調査を送らない」など、最適化の方法はいくつもあります。結果として、測定可能なスコアは上がりますが、測定できない「本質的な満足」は後回しに。

むしろ、不満を持つ顧客の声が届かなくなり、測定している満足度と、実際の満足度が乖離していく事態を招きます。測定できるものだけに最適化してしまうと、測定できない本質が見えなくなってしまいます。

間違った最適化に共通する構造

これらの事例に共通するのは、以下の構造です。

  • 測定できるものだけを追求する→測定できない価値が失われる
  • 短期の数値改善のみを目指す→長期の本質的価値が犠牲になる
  • 個人の個別最適を追求する→チーム全体の最適が実現しない

確かに、経営判断には数値が必要です。しかし、測定できるものだけが意思決定の対象になると、測定できない価値が排除されてしまいがち。最悪なのは、それらの存在にすら気付かないことです。

前回のイチロー氏の言葉を借りれば、『みんなで同じことをやっている』『データでがんじがらめにされて、感性が消えていく』状態。データが示す最適解に収束すれば、多様性と創造性は失われていきます。

測れないものの真の価値

「測れないものの価値」も、スポーツで考えると一目瞭然です。

例えば、100 mを速く走る方法を考えてみましょう。速くゴールすることがKPIなら、人が自分の脚で走るより、自転車やバイク、車、ロケットなど、技術を使えばいくらでも速く目的を達成できます。しかし私たちは、人間が自分の力で走るのを見たいわけです。100 mを自分だけバイクで走り、自力で走る他者に勝つのはナンセンス。その人が、同じ条件で他者と競い合ったり、過去の自己ベストを更新し、ゴールを走破することに観衆は感動するのです。

スポーツも、「勝負を決める」結果だけが重要なら、じゃんけんやくじ引きで十分のはず。タイパ・コスパ的にも全く無駄がありません。しかし、データで完全に最適化されたゲームは、確率論の実行にすぎません。私たちは、人間が判断し、感性で勝負し、感情が揺れ動く中で、予測不可能なドラマが生まれる瞬間を見たいはずです。

データが価値を生むパターン

誤解のないように繰り返しておくと、データ活用そのものが悪いわけではありません。データの使い方によって、価値を生むパターンと、価値を壊すパターンがあることを知る必要があるのです。

支援としてのデータ活用

データから弱点を発見し、育成につなげることは、管理ではなく支援に不可欠なデータ収集・分析です。例えば、売上データを「営業担当者の評価」に使うのではなく、「営業担当者の成長支援」に使うことは有効です。どの商品の提案が得意または苦手か、どの顧客とのコミュニケーションに課題があるか、どんなメンバー構成だとチームの能力を最大化できるか。

また、データをチェックすれば、業務フローを可視化し、本当のボトルネックがどこにあるかを特定できます。「誰がサボっているか」を監視するのではなく、本質的な課題を特定する。その課題解決のために何が必要かを考えることは、単純な工数削減ではなく、本質的な改善のためのデータ活用といえます。

効率化の目的は、同じ時間でより多く働くことではなく、より価値の高い仕事に時間を使えるようにすること。データから個人の強みを発見し、その強みを活かせる部署に配置すれば、個人とチーム両方のパフォーマンスが上がります。

成長を促すフィードバック

スポーツでは、トラッキングデータが選手の怪我予防や成長支援に活用されています。疲労度を可視化し、過度なトレーニングを避ける。個人の特性に合わせたトレーニングメニューを作成する。これらは、選手を管理するのではなく、支援するためのデータ活用の例です。

ビジネスでも同様に、評価ではなく、学習のためのデータ活用は可能です。例えば、コールセンターの通話記録を分析して、よくあるエラーパターンを抽出し、トレーニング教材を自動生成できます。過去の失敗から学ぶことは、未来の成長になります。

CursorやDevin、Clineのようなコーディング支援AIも、プログラマーの評価に使われるわけではありません。コードを提案したり、エラーを指摘し、より効率的な設計やコードの書き方を示します。

発見を生む分析

データ分析の最大の価値は、人間が気づかなかったパターンを発見することです。将棋でAIが示した新手が棋士たちの研究を深めたように、データは人間の思考を拡張する道具になります。

例えば、購買データを分析すれば、顧客自身も気づいていない潜在ニーズを発見できます。想定外の顧客行動や思いもよらないクロスセル・アップセルの機会、隠れた需要など、データは新しいインサイトを示してくれます。これは、表面上のスコアを上げるためではなく、顧客をより深く理解して、顧客満足度をアップさせるためのデータ活用例です。

管理か?支援か?目的の違いが生む決定的な差

最適化の罠に陥るデータ活用と、価値を生むデータ活用の違いは、その目的にあります。データを「管理・統制」のために使うか、「支援・成長」のために使うか。「過去の最適化」のために使うか、「未来の可能性発見」のために使うか。同じデータでも、使い方次第で結果は正反対です。

管理・統制・評価のためのデータ活用

  • 結果:最適化の罠に陥る
  • 特徴:画一化、予測可能性、退屈
  • 事例:KPI管理、人事評価、MLB守備シフト、NBA 3ポイント

支援・成長・価値創造のためのデータ活用

  • 結果:個人の可能性を広げる
  • 特徴:多様性、予測不可能性、面白さ
  • 事例:適性診断による配置、顧客ニーズ発見、将棋AI研究

DXの本質とは何か?何のために変革するのか?

データが示す最適解を知ることは重要です。デジタル技術を導入すれば、確かに多くのことが測定可能になります。しかし、測定できる表面的な項目だけを追求すれば、イチロー氏が警鐘を鳴らした「退屈な野球」と同じ状況に陥ってしまいます。

DXが効率化ではないように、効率化は手段であって、目的ではないはず。例えば、業務時間の削減は目的ではなく、削減した時間でより価値の高い仕事をすることを目的とすべきです。さらに、従業員の監視が目的ではなく、データで従業員の成長を支援することが目的のはずです。

道具であり手段であるデータは、使い方次第で組織を最適化の罠に陥れることもあれば、価値創造のツールにもなります。DXを「管理の高度化」と捉えるか、「人の可能性を広げる手法」と捉えるか—この認識の違いが、最適化の罠に陥るかどうかを分けます。

DXの真の価値は、単なるデジタル化ではありません。人間の創造性や直感、個性を活かすためのデジタル活用であり、創造的破壊であるべきです。測定できるものを改善しながら、測定できない価値を守る。このバランスが、持続可能な組織を作っていきます。

さて、あなたの組織は、どんなデータを測定し、何のために使っていますか?そして、測定が難しい・できないマーケットの雰囲気や人間の個人的な感情を、どのようにマネージメントしていますか?

「真のKPI」とは何なのか?を模索し続ける中に、御社ならではの最も重要な価値があるかもしれません。

参考文献・出典


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リープリーパー(略称:リプリパ)編集部です。新しいミライへと飛躍するエンジニアたちに、BlueMemeの研究開発の情報を中心にテクノロジーのさまざまな話題を提供しています。
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