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イチローが警鐘を鳴らす『退屈な野球』の正体-最適化が試合を壊す!?

リプリパ編集部

ビジネスと同様に、勝敗や優劣、順位がハッキリと数値で示される、厳しいプロスポーツの世界。ここでも、AIやIoTセンサー、カメラなどの活用が進み、データ収集と分析がより重視される傾向にあります。

実は、ますます高度化するデータ分析が、必ずしも試合を面白くしていないどころか、逆に退屈にしているのではないかという、意外な指摘があることをご存じですか?それも現場を知る一流のプロたちから。

レジェンド イチローが語っていた違和感

2026年3月に開催されるワールドベースボールクラシック(WBC)には、今回も期待も高まっています。2025年シーズンの野球界を振り返ると、MLBでは大谷翔平選手が大活躍したロサンゼルス・ドジャースの二連覇で有終の美を飾り、山本由伸選手もワールドシリーズMVP、佐々木朗希選手も成長したシーズンでした。

その一方で、溯る2024年12月、TBS系列で放送されたドキュメンタリー番組『情熱大陸』での、イチロー氏の発言は一部で注目を集めていました。対談相手は、同じように日米の野球界で活躍した松井秀喜氏。松井氏が『今のメジャーの試合を見て、ストレスたまりませんか?』と問いかけると、イチロー氏は即座にこう答えていました。

『たまる、たまる。めちゃめちゃたまるよ。まあ、退屈な野球』

松井氏も『打順の意味とか、薄れちゃっていますよね』と同調。

さらに、イチロー氏は『それぞれの役割みたいのがまったくないもんね。データでがんじがらめにされて、感性が消えていくのが現代の野球』と続けました。

日米通算4,367安打、MLBで10年連続200安打という金字塔を打ち立てたイチロー氏。そして日米通算507本塁打、国民栄誉賞を受賞した松井氏。野球史に残るレジェンド2人がどちらも、なぜこれほど強い違和感を口にしたのか?

データ分析が進化することで、試合はより面白くなるはずではなかったのか?それが実は逆で、最適解を全員が知ると、ゲームは退屈になってしまう。これが、現代スポーツが直面している「最適化の罠」の一端です。そして、同じようなことが私たちのビジネスでも起きています。

データがスポーツビジネスを変えた成功

誤解のないように言っておくと、もちろんデータ分析そのものが悪いわけではありません。むしろ、多くのスポーツ競技でファン体験(CXやCS)を大きく向上させ、ビジネスを拡大させてきました。

MLB以外の競技やゲームにも目を向けてみましょう。例えば、NBAでは、Second SpectrumやSynergy Sportsなどの企業が提供するリアルタイムトラッキング技術によって、選手の動きが詳細に可視化されるようになりました。シュート確率やディフェンス効率、選手間の連携パターンなどのデータは、瞬時に放送で視覚的に表示され、観戦者は試合をより深く理解できるようになりました。その結果、NBAの放映権料は高騰し、2025年から始まった新契約では年間77億ドル(約1.1兆円)に達しました。

出典:Player Tracking Data – Synergy Sports

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高速で走る実験室ともいえる世界最高峰のカーレースF1では、AWSとの提携により、タイヤ温度や燃料残量、次のピット戦略予測などがリアルタイムでグラフィック表示されます。技術的な側面が可視化されたことで、F1は単なるスピード競争ではなく、緻密な戦略ゲームであることが観客に伝わるようになっています。Netflix「Drive to Survive」やApple「F1」、中東や南米、EV(フォーミュラE)など新たなマーケット展開と相まって、F1は新規ファン層の獲得に成功しています。

▼AWS を活用した F1 Insights | Formula 1 は AWS のスポーツへの取り組みを利用
https://aws.amazon.com/jp/sports/f1

さらに、スポーツだけではありません。将棋や囲碁の世界でも、AIの導入は競技を大きく変えています。AIが示す形勢判断(評価値)が放送で表示されることで、観戦者は棋力に関係なくプロの対局を楽しめるようになりました。またプロ棋士自身がAIを研究ツールとして活用することで、定跡(セオリー)は飛躍的に進化し、競技レベルは向上し続けています。藤井聡太六冠(2026年1月時点)は、自らハイエンドゲームPCを組み立て、AIを研究のパートナーとして活用しているのは知られるところ。

高度かつリアルタイムのデータ分析は、観客により豊かな観戦体験を提供し、新たなファン層を開拓することで、競技そのものを進化・拡張させた面は確かにあります。

…と、ここまでは、成功物語です。

最適化がもたらした予期せぬ結果

しかし、データ分析が高度化するにつれて、予期せぬ問題が浮上してきました。それが「行き過ぎた最適化」。

MLBが直面した「退屈化」

MLBでは、2010年代から打球データの詳細な分析が可能になりました。打者がどの方向にどのような打球を飛ばす傾向があるか。これが統計的に明らかになると、守備側は極端な守備位置を取るようになりました。いわゆる「守備シフト」の登場です。

例えば、右打ち(ライト方向)の強打者に対して、一塁側にファースト、セカンド、ショートの選手たちを3人配置し、二塁と三塁の間にサードの選手を配置するという極端な守備体系です。データが示す最適解は明確で、多くのチームがこの戦術を採用した結果、打球の多くが守備に捕らえられ、ヒットが減少。試合展開はある程度予測可能になり、内野ゴロかホームランという大味で退屈なゲームになってしまいました。

また、これの状態をイチロー氏は、『それぞれの役割がない』という言葉で問題を指摘していました。かつて、1番打者は出塁率が高く足が速い選手、3番・4番は長打力のある強打者、といった役割分担がありました。しかしデータ至上主義の下では、全員が統計的に最適な行動を取るようになり、個性が失われました。シアトル マリナーズという球団に今も所属し、「会長付特別補佐兼インストラクター」という特別職ではありながら、現役を引退した立場だからこそ語れる本音と危機感の表れです。

さらにイチロー氏は、別の機会にこうも語っていました。

『「前に戻ってほしい」ではなくて、「どうしてみんなで同じことをやってるんだ、もっと先へ行けよ」という気持ちなんです』

Amazon.co.jp: Sports Graphic Number「イチロー 野球殿堂の栄光。」 2025年 3/6 号(1114号) 雑誌: 週刊文春 増刊 : Sports Graphic Number

MLBは2023年、極端な守備シフトを禁止するルール変更を実施しました。データ分析がある意味「正しすぎた」ことで、ルールを変えなければ試合が成立しなくなったのです。これは、非常に象徴的な異常事態でした。問題は、データそのものではありません。全員が同じ最適解に収束してしまうことです。

NBAの3ポイントシュート偏重

プロバスケットボールのNBAでも、似た現象が起きています。

統計的に見れば3ポイントシュートは効率的で、トップシューターなら40%以上の確率で3ポイントを決められるといわれます。2015-16シーズン頃から、ゴールデンステイト・ウォリアーズがステフィン・カリー選手を中心に3ポイント主体の戦術で優勝を重ねると、リーグ全体がこの戦術を模倣し始めました。

2015-16シーズン、ウォリアーズは1試合平均31.6本の3ポイントシュートを試投し、リーグ最多でした。ところが2024-25シーズンには、リーグ全30チームがこの数字を上回りました。最多のボストン・セルティックスは1試合平均48.2本。最少のデンバー・ナゲッツでさえ32.1本でした。

NBAコミッショナーのアダム・シルバーは2025年1月、この状況に懸念を示しました。統計的正解が戦術の画一化を招き、リーグ内でチームのアイデンティティーが失われつつある事態について、トップが警鐘を鳴らすほどの状況だったのです。

▼Adam Silver on NBA’s 3-point shooting boom: ‘We will tweak it, we will correct those issues’ – CBS Sports
https://www.cbssports.com/nba/news/adam-silver-on-nbas-3-point-shooting-boom-we-will-tweak-it-we-will-correct-those-issues

サッカーのポゼッション論争

今年の6〜7月にFIFAワールドカップ2026が開催される、サッカーも例外ではありません。2000年代後半から2010年代前半、FCバルセロナとスペイン代表が圧倒的な強さを誇りました。彼らの戦術は「ポゼッションサッカー」。ボール保持率を高めることで相手に攻撃機会を与えず、試合を支配するスタイルです。この成功を見て、世界中のチームがポゼッションを重視するようになりました。

しかし、ポゼッションサッカーを完成させた当事者であるジョゼップ・グアルディオラ監督自身が、後年『あのバルセロナのポゼッションサッカーはもう再現できない』と語るに至りました。その理由は、シャビやイニエスタ、ブスケッツという、稀有な才能を持つ選手の組み合わせがあってこそ、成立した戦術だったからです。

そして2025年現在、プレミアリーグでは興味深い逆転現象が起きています。ノッティンガム・フォレストは平均ポゼッション率39.5%とリーグ最下位ですが、リーグ順位は3位。英Independent紙は「ポゼッション偏重は、ゲームにおいて危険である」と分析しています。

「ポゼッション」という最適解が広まりすぎた結果、それを逆手に取る戦術が有効になる。禅問答のようですが、「最適解は、最適解であると知られた時から、最適解ではなくなってしまう」わけです。

なぜ、将棋は退屈になっていないのか?

ここで、ある疑問が浮かびます。同じようにデータ分析がホットなテーマの一つとなっている将棋の世界でも、最適解が示されているはずなのに、なぜ退屈になったといわれていないのか?

将棋でも、AIは序盤の定跡をほぼ確立させ、開始からある程度の段階までは、もうほぼ指し手が決まっているといわれています。これは、MLBの守備シフトやNBAの3ポイント偏重と同じ構造に見えます。しかし、それによって将棋が面白さを失っているという声は、今のところ聞きません。

その理由の一つは、将棋が個人種目であり、AIの使い方も個人単位だということ。重要なのは、前述の藤井聡太六冠のように、各棋士がそれぞれ異なる方法でAIを使っているという点です。定跡を知った上で、そこから先は個性が発揮されます。

実際に、AIが示した最善手以上に優れた手を、人間が指す瞬間がある「AI超え」というドラマも生まれています。2020年、藤井聡太二冠(当時)が指した一手に対して、解説の藤森哲也五段は『これすごいよ、こんな手見えない。まず何してるかわからない』と、驚愕しました。

▼藤井聡太七段の王座戦がスタート!タイトル挑戦まではあと6勝!対 阿部隆八段 | 新しい未来のテレビ | ABEMA
https://abema.tv/channels/shogi/slots/Ek2XWmULoGmvMu

将棋と、前述のようなスポーツとの決定的な違いは明確です。個人競技としての将棋では、各棋士が研究を最適化します。定跡を知りつつも、そこから先は各棋士の個性が出ることで、多様性が保たれます。

一方、チーム競技では組織が戦術を最適化します。結果として、リーグ全体が同じ戦術に収束し、画一化が避けられません。そのため、同じスポーツでも、個人種目でかつ道具の優劣の影響を受けにくい種目は、将棋の例に近い傾向だと考えられます。

AIが示す最適解を知りつつ、それを超える熱い展開が繰り広げられる瞬間を目撃する—競技や種目の違いはあっても、これこそが観客を魅了する点は変わりません。

「わかっていても」データを使い続ける理由

しかし、ここで一つ、疑問が湧きます。データが競技を退屈にしてしまうリスクがあると分かっているなら、なぜ使い続けるのか?

答えは、競技ビジネスの構造にあります。

短期の結果 vs 長期のファン離れ

監督やコーチ、選手は今シーズンの成績で評価されます。勝てなければクビになるのが当然の、厳しい世界です。そのため、統計的に勝率を上げる戦術を採用せざるを得ません。

一方、ファンは来シーズンといわず、3年後・10年後も面白い試合を見たいと思っています。しかし「面白さ」「楽しさ」は数値化できず、経営判断では後回しにされがちです。

個別チームの利益 vs リーグ全体の利益

各チームは、勝つことを最優先に最適化するのは当然。しかし全チームが同じ最適化をすると、リーグ全体では面白さが失われてしまいます。これは経済学でいう、個人にとっては善くても全体的にとっては悪い行為となる「合成の誤謬」や、理論上は他者と協力した方が明らかに利益を最大化できるケースでも、現実問題として協力せずに自己利益や保身に走る「囚人のジレンマ」です。個別最適が全体最適にはならない、矛盾を抱えています。

測定可能性の罠

勝率や打率、シュート成功率など、多くの指標は測定可能です。日時や場所によってチケットの価格が変動するダイナミックプライシングも、プロビジネスとしては重要な施策です。定量的な指標は管理しやすく、経営判断にも使いやすいメリットがあります。

一方で、「面白さ」「ワクワク感」「予測不可能性」など、定性的な指標は測定できません。測定できないものは、KPIとして設定されず、どうしても意思決定から排除されてしまう傾向にあります。

データ分析はあくまでも手法の一つであり、道具。しかし、データが示す最適解に全員が収束することで、進化が止まってしまうリスクもあります。使い方を誤れば、競技そのものを壊しかねない危険なツールでもあります。

一般のビジネスでも起きている、最適化偏重リスク

今回は、プロスポーツ界の話をしてきましたが、この構造は一般のビジネスにも深く関係していることには、もうすでにお気づきでしょう。

実はあなたの組織でも、同じことが起きているかもしれません。測定できる表面的な項目だけを追求することに留まっていないでしょうか?以前は、効率を最重視し、定量化したデータを計測して、改善するためにKPIを設定していました。それが近年では、顧客や社員など、ステークホルダーの感情など、定性的な面も重要になっています。つまり、同じKPIといっても、その内容が変わっていることに注意が必要です。

次回は、ビジネスにおける「最適化の罠」と、測れない価値の重要性、バランスを取れる効果的な仕組みについて考えてみます。


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リープリーパー(略称:リプリパ)編集部です。新しいミライへと飛躍するエンジニアたちに、BlueMemeの研究開発の情報を中心にテクノロジーのさまざまな話題を提供しています。
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