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デジタル赤字とブレインドレインとは?世界に翻弄される日本のIT

リプリパ編集部

激流の中にある日本のIT業界。AI競争の激化やエンジニアの海外流出、「デジタル赤字」の拡大といったさまざまな課題が山積しています。これらは日本企業やエンジニア個人にも大きな影響を及ぼすため、新たな強みを活かす視点が求められます。

今回は、デジタル赤字ブレインドレインという2つのキーワードで、IT業界の世界的潮流を俯瞰し、それぞれの影響や今後の展望を探ります。

デジタル赤字:日本はなぜ負け続けるのか?

大手から中小まで、企業のビジネスツールでは、Microsoft 365やSalesforce、AWS、Google Cloudなど、ほぼすべてが海外(ほぼアメリカ)製品です。

総務省の「情報通信白書」によると、日本のデジタル貿易収支は年々悪化していて、特にクラウドサービスやソフトウェア分野での海外依存度が高まっています。また、経済産業省の調査でも、国内企業のクラウド依存度が80%を超えていて、その大半はAmazon AWSやGoogle Cloudなどの海外ベンダーに依存していることが明らかになっています。

▼情報通信関連:情報通信白書
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper

結果として、ITサービスを利用して海外に支払う金額から、日本が受け取る金額を引いた「デジタル赤字」は拡大の一途を辿り、国内の開発市場は縮小しています。

財務省が2025年2月10日に発表した2024年の国際収支状況(速報)によれば、日本のデジタル赤字は6兆6,507億円と過去最高を更新。前年比の伸び率も20.5%に達し、経済安全保障の点でも大きなリスクになっています。

国産の代替ツールはごくわずかしかなく、競争力を持つのは限られた企業にすぎません。しかし、この状況を打破するには、日本独自の強みを活かし、グローバル市場でも戦えるデジタル製品を開発・展開することが不可欠です。

例えば、製造業向けの特化型SaaSといった領域では、日本企業にもチャンスが残されているかもしれません。ただ、少子化で労働者と消費者の両方が縮小していく中、非常に厳しいチャレンジであることも明白です。

日本企業に求められる対策

  • 国産クラウドの開発支援:国内のIT企業が競争力を持つための補助金や税制優遇策を整備
  • DX推進支援:企業のデジタル化を後押しし、国内IT企業の活用を促進
  • ノーコード・ローコード開発の普及: 非エンジニアでも開発できる環境を整備し、国内ソリューションを強化
  • データ主権の確立:国外依存を減らし、国内サーバーの利用を促進
  • オープンソース技術の活用: 国内開発者がグローバル市場で戦えるよう、OSSコミュニティ−と連携
  • 国際協力の強化:EUやASEANとの技術提携を進め、データ流通の規制を緩和

ブレインドレイン:優秀なエンジニアが日本を去る理由

ブレインドレイン(頭脳流出)」も、日本のIT業界にとって深刻な問題です。「NTTや楽天は、GAFAMの2軍」と揶揄する厳しい指摘もソーシャルメディアで散見されるほど。

特に、優秀な若いエンジニアを中心に、待遇や成長機会を求めて人材が海外へ流出するケースが増加しています。円安と経済の低迷による将来への不安も、エンジニアの流出を加速させる要因に。

例えば、アメリカ労働統計局(BLS)のデータによると、2023年のアメリカにおけるソフトウェアエンジニアの平均年収は13万ドル(約1,934万円)を超えていて、日本の平均的なエンジニアの給与と比べて2倍以上の水準となっています。リープリーパーの記事も併せてご覧ください。

▼Software Developers, Quality Assurance Analysts, and Testers : Occupational Outlook Handbook: : U.S. Bureau of Labor Statistics
https://www.bls.gov/ooh/computer-and-information-technology/software-developers.htm

最新テクノロジーが次々と生まれ、キャリアの選択肢が拡がるだけでなく、給与水準も高い場所といえば、従来はアメリカ西海岸一択でした(後述)。それが近年では、シンガポールやドバイなども、エンジニアにとって魅力的な移住先となっています。

シンガポール政府は、海外の優秀なITエンジニアに対して長期的な就労ビザを提供し、スタートアップ創業の支援まで提供しています(日本語ページあり)。また、ドバイでは政府主導の「Dubai Future Foundation」がエンジニア向けのインセンティブを強化し、グローバルなテクノロジー人材の誘致を積極的に進めています。


▼シンガポール経済開発庁 | EDB Singapore
https://www.edb.gov.sg/ja.html

このように、世界各国で高度なスキルを持つエンジニアの奪い合いになっていることも、日本のエンジニアが海外を選ぶ要因の一つになっています。この状況に対処しない限り、日本のIT競争力はますます低下するのは当然です。

日本企業に求められる対策

  • 給与水準の引き上げ:世界基準に見合った報酬体系を整備
  • リモートワークの推進:海外企業とのハイブリッド雇用を可能にし、国内の魅力を強化
  • グローバルなキャリアパス:日本にいながら国際案件に関与できる環境を構築
  • リスキリングと教育改革:AI時代のスキル向上を支援し、最新技術への適応を促進
  • エンジニアリング文化の改革:組織の中での価値を高め、適切な評価体系を確立

エンジニアを取り巻く厳しい状況は、アメリカだけ?

トップエンジニアが活躍する場所としてのアメリカ。しかし、第二次トランプ政権がDE&I(多様性・公平性・包括性)への苛烈なバックラッシュを進めていることで、外国人(特に有色人種)がH-1B(就労)ビザを取得して働くことが、極めて困難になっています。

6月末には、学生ビザなどの申請者に対しソーシャルメディアでの活動内容を公開するように求めた、アメリカ大使館のポストが話題になりました。これは、人種や性別など個人の属性だけでなく、思想信条や政治的立場によるスクリーニングにつながることを意味するため、ジャーナリストやアカデミアを中心に反発や警戒の声が上がりました。

もちろん、これはIT業界にも関係し、海外から集まる優秀な若い人材の確保・育成に悪影響を及ぼすことが懸念されています。

これは、現役エンジニアにも関係します。元々雇用の流動性が高く、常に突然のレイオフもあり得るアメリカでも、突然のチーム解散や職場の閉鎖、前代未聞の指示など、心理的安全性が確保された環境とは真逆の状況です。 アメリカ移民・関税執行局(略称 ICE)による、暴力的・高圧的な取り締まりの様子はソーシャルメディアでも話題となっています。チームメンバーやパートナー、コミュニティーの知り合いが、ある日突然消えて戻ってこない危機が、常態化しつつあります。 海外からのITエンジニアの獲得は別扱いを主張し、政権内での軋轢があったE.マスク氏が離れた今も、さまざまな緊張が高まっています。

これとは別に数年前から、家賃が高騰するサンフランシスコやボストンから、オースティンやニューヨーク、ダラスへ移る企業や人材が増えています。大統領選挙の結果が出た2024年11月直後からは、若くリベラルな一部のエンジニアが、国外脱出を真剣に検討するニーズも高まっています。

5月には、自由でオープンな研究の危機に直面しているアメリカの科学者を主な対象として、EUが積極的な誘致策を打ち出しました。これと同じような動きは、ITエンジニアの業界でも起きていますが、日本がEUに対抗できる十分な報酬や環境を国や企業、VCとして用意できる状況にはありません。

歴史人口学者のエマニュエル・トッド氏は、著書『西洋の敗北』の中で、欧米が衰退していく理由の一つとして「生産力」を挙げています。製造や物流、軍事などの業界から、金融ビジネスや法律、医療関係など、より高額な報酬が得られる業界へのエンジニア人材流出が続くことで、産業システム全体が衰退していくと指摘されています。つまりブレインドレインは、国境だけでなく業界や場所を越えたさまざまなレベルで起きている現象です。

西洋の敗北 日本と世界に何が起きるのか | エマニュエル・トッド, 大野 舞


非常に厳しい現状を改めて見せつけられますが、IT関連の現状を示す重要なキーワードはまだまだあります。次回以降では、バイブコーディングやTESCREALについて考えてみましょう。

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