有機的な建築で新しい世界を創出した女性エンジニア-ザハ・ハディド
東京・神田錦町にあるBlueMemeオフィスには、社内に複数の会議室があり、それぞれ著名な建築家の名前が付いています。例えば、GAUDIはアントニ・ガウディから取ったことは、以前の記事で紹介しました。
[nlink url=/2023/08/09/gaudis-sagrada-familia/]
そして、HADIDと名付けられた部屋の名前は、現代建築に革新的な影響を与えた世界的な著名建築家ザハ・ハディド氏から取っています。
現在、開催中のパリ五輪も終盤ですが、彼女のデザイン案が採用された東京五輪の国立競技場案が、2015年に白紙撤回されて物議を醸したのは、記憶に新しいところ。この機会に、彼女の功績を振り返ってみました。
独創的かつ有機的な目を奪うデザイン
まずは、ザハ・ハディド氏の素晴らしい建築をいくつか紹介しましょう。
Zaha Hadid Architects
https://www.zaha-hadid.com
ヘイダル・アリエフ・センター(アゼルバイジャン、バクー)
2012年に完成した、文化センターや会議場、博物館などの機能を持つ複合施設は、ハディド氏自身が最高傑作と自負していた建築です。流動的・有機的な彼女の建築の特徴に溢れ、どの角度から見ても異なる印象を与える独特の形状を持っています。白い外観は、まるで雪の波のように見え、周囲の環境と調和しています。また、内部空間も曲線を活かしたデザインで、訪れる人々を圧倒する美しさを誇っています。
520ウエスト 28th(アメリカ、ニューヨーク)
この建物は、2017年に完成したニューヨーク市の高級コンドミニアムです。39戸の住居に加え、プール、スパ、フィットネスセンターなどの設備を備えています。L字型の外観に特徴的な曲線のバルコニーが連なり、ステンレス鋼とガラスを使用した未来的でダイナミックな印象を与えています。内部には、彼女がデザインした家具が配置され、全体で統一感のあるデザインとなっています。
現代美術センター(アメリカ、シンシナティ)
ハディド氏にとってアメリカで初めての建築プロジェクトが、2003年に完成したこの美術館でした。周囲の都市景観に新しい要素を添える、後の作品よりも直線が特徴的で斬新なデザインです。外観は、コンクリートとガラスを使用し、角度によって異なる表情を見せます。一方、内部空間は、天井が高く開放的で、自然光を巧みに取り入れる設計。展示スペースの配置が独特で、訪れる人々に美術作品の鑑賞としての新しい体験を提供しています。
ロンドン水泳センター(イギリス、ロンドン)
2012年のロンドン五輪のために建設されたこの施設は、屋根が波のような曲線を描く、水泳施設を象徴するデザインです。内部には50 mプールが2面と飛び込みプールがあり、高性能な競技施設としての機能を備えています。また、環境に配慮した設計で、エネルギー効率の高い建築となっています。大会後には仮設スタンドが取り外され、より洗練された外観と共に一般に開放されています。
この他にも、東大門デザインプラザ(ソウル)や、ポリユー・ジェイド・ホテル(香港)、銀河SOHOや北京大興国際空港(北京)は、比較的日本から訪れやすい立地にあります。
また、ハディド建築を手軽に楽しめるバーチャルツアーもあります。
ザハ・ハディド氏略歴
基本情報
- 本名 Zaha Hadid
- 生没年月日 1950年10月31日-2016年3月31日(没65歳)
- 出身地 イラク・バグダッド
- 国籍 イギリス
学歴と初期のキャリア
- 1972-1977年 ロンドンのAAスクール(建築協会附属建築専門大学)で学ぶ。
- 1977年 OMA(Office for Metropolitan Architecture)のメンバーとなり、AAスクールで教鞭を執る。
主要なキャリアのハイライト
- 1980年 ザハ・ハディド建築事務所を設立。
- 1983年 香港の『ザ・ピーク』の国際コンペで1等を獲得し、国際的な注目を浴びる。
- 1994年 ドイツのヴァイル・アム・ラインにある『ヴィトラ社消防署』が初の実現プロジェクトとなる。
- 2004年 プリツカー賞を女性として初めて受賞。
- 2016年 王立英国建築協会(RIBA)からRIBAゴールドメダルを女性で初めて受賞。
生物的なハディド建築の特徴
ハディド氏の建築は、有機的かつ流動的な印象を与え、従来の建築の概念を超えた独特の魅力を持っています。その外観が生物に喩えられる理由には、以下のような要素があります。
流線を活かした有機的な形状
静止した建築物でありながら、動きや流れを感じさせる流動的・曲線的な形状は、自然界の生物や植物の形態、生き物の動きを連想させます。
連続性と一体感、環境との調和
建物の各部分が滑らかにつながり、一体感のある構造を生み出しているのも、彼女の設計の特徴。さらに、周囲の環境や地形と調和するように設計され、生物が自然環境に適応していような印象を与えます。
自然からのインスピレーション
彼女は、幼少期にイラク南部のシュメール文明の遺跡を訪れた経験があり、その風景の美しさに深く感銘を受けたと語っていました。
脱構築主義の影響
伝統的な建築の枠組みを壊し、新たな形態や空間を探求することを目指す姿勢は、脱構築主義と呼ばれます。彼女はその代表的な人物でもありました。
テクノロジーの進歩
建築不可能と言われていた複雑な曲線を多用した設計も、コンピューター技術の進化・発展により実現が可能に。彼女が理想とした外観を、さらに追求できるようになりました。
これ以外にも、幾何学的なパターンや複雑な装飾など、イスラム建築の影響も反映されています。彼女の建築の大きな特徴である生物のような有機的な外観は、これらの多様で複雑な要素が組み合わされることで、独特の外観を生み出しています。
リスペクト: 建築家ザハ・ハディド、曲線の女王
https://www.autodesk.com/jp/design-make/articles/architect-zaha-hadid-jp
東京五輪という屈辱と挫折
日本・東京で生活し、パリ五輪を迎えている私たちとしては、このことに触れないわけにはいきません。
2012年、東京五輪に向けた新国立競技場のデザインコンクールで、ザハ・ハディド・アーキテクツの案が最優秀賞を受賞しました。しかし2015年、白紙撤回。数々の国際的な評価を得てきたザハ・ハディドという建築家にとって、このことは大きな屈辱と挫折だったと考えられます。
日本スポーツ振興センター(JSC)が白紙撤回に至った理由は、高騰した建設費の高さが原因とされました。しかし、ハディド事務所側は、専門性や経験が適切に評価されず、コスト増大の警告が無視されたと主張。
また、彼女が誇る流動的でダイナミックなデザインと、高さ70 mもの巨大な新国立競技場には、歴史的景観にそぐわないという批判も。東京のイメージを刷新する大きな可能性を秘めていた、彼女のアイコニックな設計思想は、日本の都市計画との文化的衝突にも阻まれました。
これらの経緯は、巨大プロジェクトマネージメントの失敗という別の視点からも、改めて語られるべき課題です。
結局のところ、デザインや建設費よりも、政治的判断で否定されたことへの失望や、日本の建築業界との軋轢が残る結果に。前代未聞の、新型コロナウイルスのパンデミックによる延期や無観客開催などと共に、東京五輪の負のレガシーとなってしまいました。
しかし、この出来事にもかかわらず、彼女の革新的なデザイン思想は、死後もなお世界中の建築に大きな影響を与え続けています。
否定や批判を超えた、エンジニア的ブレイクスルー
実は、彼女の作品の多くが、コンクールやコンテストでの批判や地域住民からの声、プロジェクトの中止など、さまざまな抵抗と挫折に見舞われてきました。
建築は、実用的な建造物であると同時に、作品としての側面も持ち、批評や評価は避けられません。ザハ・ハディドという建築家は、常に斬新で挑戦的な美を追求し、革新的なデザインで知られる完璧主義者でした。そのため、自身の作品を失敗と公に認めたり、それが形として残るのを許すことはなかったと推測されます。
彼女は、男性中心社会だった建築業界に意識的に挑戦し続けました。2004年に建築界のノーベル賞とも呼ばれるプリツカー賞、そして没年の2016年には王立英国建築協会からRIBAゴールドメダルを、それぞれ女性として初めて受賞。これらは、女性建築家の地位向上に大きく貢献した、画期的な出来事でした。
ハディド氏が成し遂げた、技術革新への挑戦と貢献も象徴的です。キャリアの初期の頃は、当時の技術では実現困難なデザインを提案していました。しかし後年、3D CADなどの革新的なコンピューター技術を積極的に取り入れることで、彼女のアプローチは実を結ぶようになりました。これは、当初300年掛かると想定された「未完の聖堂」サグラダ・ファミリア教会が、新しい技術や素材の導入で、2026年に遂に完成と発表されたことにも通じます。
また彼女は、閉鎖的な建築界に変化と多様性の必要性を訴え、若い女性建築家たちの指導・育成にも力を入れていました。自身のバックグラウンドから、文化的背景についても多様性を求め、家具や食器、靴、宝石など、建築以外の分野にも進出し、女性エンジニアとしての活躍の幅を広げました。従来の慣習や伝統的な常識だけでなく、技術的な限界から拒絶・否定されていた作品も、彼女自身は新しい試みとして自負していたと思われます。技術職としての熱いエンジニア・スピリットが、慣習や歴史を塗り替えた成果だと言えるでしょう。
小さな会議室から生まれる理想を新しい現実に
2024年1月、第170回芥川賞を受賞した九段理江氏の小説『東京都同情塔』で描かれたのは、ハディド氏による国立競技場が建った世界です。アンビルトだった彼女の理想は、言語や現実社会すら飛び越え、形を変えて実現されました。
BlueMemeのHADIDという部屋は、革命的建築家の名前にしては少々ささやかな、4人ほどの会議で使っている小さな場所です。隣には、配信スタジオGRAY(この部屋の紹介もまたいつか)があるので、スイッチャーなどの機材も置いています。
IT業界は比較的女性比率が高いと言われていますが、28.9%の日本は世界で30位(出典:IT分野のジェンダーギャップに関するグローバル調査-ヒューマンリソシア調査)。
比較的女性比率が高いIT業界の中でも、BlueMemeは31.25%(2024年7月時点 )とさらにその割合が高く、多くの女性エンジニアたちが活躍しています。しかし、彼女たちもまた、社内外や業界の古い慣習や抑圧と闘っているのでしょう。
この記事のタイトルに敢えて使いましたが、「女性○○○」という肩書きへの違和感は、時代と共に大きくなる一方。同様に、「女性ならではの視点や感性」という使い古された常套句も、過去の遺物にすべき時です。新しい現実へと、価値観を建て替える時代がすでに来ています。この小さな会議室から生まれる私たちの大きな挑戦に、これからもどうぞご期待ください。
理人様 見ず知らずの者に温かいアドバイスをありがとうございます。 生物学の中だけ…
Soさん、ご質問ありがとうございます。 博士課程で必要な生物学の知識は、基本的に…
貴重な情報をありがとうございます。 私は現在データエンジニアをしており、修士課程…
四葉さん、コメントいただきありがとうございます。にんじんです。 僕がこの会社この…
面白い話をありがとうございます。私自身は法学部ですが哲学にも興味があります。 ふ…