ダーウィンは適者生存なんて言ってない!?偽名言に騙されないために

『適者生存なんて言った覚えないけど…』—C.ダーウィン(談?)
チャールズ・ダーウィン(1809-1882)は、イギリスの自然科学者、生物学者、地質学者。「進化論」を唱えたり、大西洋の航海でガラパゴス諸島を調査したり、『種の起源』を著したことなど、学校の授業で習いますね。大半の人が、卒業後に再会するのが冒頭のような言葉とセットかもしれませんが、これをキッパリ否定する良書があります。それがこの一冊。とてもよく知られているフレーズなのに圧倒的に誤解されていることについて、丁寧に解説されています。
ダーウィンの呪い (講談社現代新書) 千葉聡
著者の千葉氏は、東北大学東北アジア研究センター教授、東北大学大学院生命科学研究科教授で、専門は進化生物学と生態学。ダーウィンが唱えた進化論は、書き記して伝承されるうちに、ダーウィン自身の考えや研究成果が、都合よく改変されてしまったと指摘しています。
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生物の進化を誤解した「3つの呪い」
「最も強い者が生き残るのではなく、最も変化できる者が生き残る」—そもそもこれは、19世紀の哲学者ハーバート・スペンサーが、ダーウィンの「自然選択(Natural Selection)」を説明するために作り出した言葉です。
ダーウィンの言説が曲解される過程で生み出されたのが、本人の意向に関係ない「3つの呪い」です。
進化の呪い
進化せよ!:進化は生命の必然である!
闘争の呪い
生き残りたければ、努力して闘いに勝て!:生存闘争と適者生存!
ダーウィンの呪い
人間社会も自然の法則に支配されていると、ダーウィンも言っている!
現代の生物学では使われない用語は、それらしく聞こえるビジネス用語に変換されていきました。研究者や著名人、政治家が支持・拡散する過程で、優生思想・選民思想と合体。その後のホロコーストや、日本の軍国教育にも影響を与えたとも指摘しています。
本の帯に大きく示された「サイエンスミステリー」というのも納得です。知らずに自分も、呪いに囚われて誤用・拡散してしまっていたら…ちょっと寒気がしませんか?
酔いしれる名言が迷言化してしまう背景と理由
ここで、いわゆる名言とされる言葉が、ノイズになっていく背景や理由を考えてみましょう。
短くシンプルで、インパクトを持つ魅力
名言とされるフレーズは、どれもシンプルな表現の中に端的で力強いメッセージを含んでいるもの。プレゼンテーションの「キメ」の画面で使いたくなるのもわかります。それなりに格好良くて、何か言っているような気になるには便利かつ強力です。
複数のメディアで繰り返し使われることによる強化
Webで、ソーシャルメディアで、書籍で、テレビで、セミナーで。何度も繰り返し使われることで、一部の人には共通認識としての下地がある程度できているなら、使う側としては、示した瞬間に確実に伝わる安心感もあります。
特に、短文でインパクト重視、複数のプラットフォームに展開といえば、これほどソーシャルメディアと相性がいいネタもありません。間違った表記や改変した表現、パロディーの方がミーム(ネットの流行語)としてバズるのは、哀しいかなよくある話。
誤情報でも拡散されれば対価が支払われる仕組み
ディストピアの源はここでも主にX (Twitter)。手軽な「世界の名言」「著名人の格言」を永遠に投稿するようなボットの目的は、単にアクセス数(PV ページビュー)による広告収入です。信頼性など最初から必要とせず、むしろ非難や炎上が大歓迎されます。
使われる時に、ディテールが変わってしまう
「引用」「転載」は本来、改変が不可。しかし、口伝の物語として又聞きされていく過程で、どんどん改変されていきます。外国語の場合は、翻訳によって微妙なゆらぎも加わります。
訂正は常に後追いで届きにくい
人は、「面倒で複雑、耳が痛い事実」より「自分の耳に心地よく、納得できること」が好き。訂正はいつも後から追いかけるしかなく、決して楽しい気分にさせてくれません。しかも、追いついても、人の関心はもう次に移っています。気分よく名言をキメた人に訂正を進言して逆恨みされるリスクを考えると、野放しにしておくのが身の安全というもの。
誤情報がインデックスされてしまう
たとえ間違った表現であっても、沢山の人が参照・言及・共有すれば、それがクローラー(スパイダー)と呼ばれる検索エンジンの巡回ロボットに拾われて登録(インデックス)され、それを人が参照することで強化されていきます。
信頼できるソースを確認するのが困難
正確な原典を確認するなんて、コストが掛かるだけ。「世界の名言」がまとめられているようなサイトも、一次ソースである原典を確認・明示しているところはほぼありません。ブリタニカ百科事典より正確とされるWikipediaを参照するのも、心許ない限り。
名言を使いたくなったら、ちょっと立ち止まって
名言の源流を辿るのは、ファクトチェックにも通じています。クリティカルシンキング(批判的思考)の視点で、多面的に確認することが求められます。いくつか有効なチェック方法があるので紹介しましょう。
信頼できるソース付きで回答する生成AIを使う
ChatGPTに続いて、先週はBard改めGeminiになったGoogleのAIが公開され、大きな話題になりました。
検索ではノイズに埋もれがちな名言の検証は、正々堂々と誤回答を返すAIのハルシネーション(幻覚)や、新たな謎名言の濫造で、ファクトチェックがさらに困難になるかもしれません。
その一方で、アカデミックなソースや大手メディアなどに限定して、回答を得るPerplexityのような生成AIもあります。複数のAIを使い分け、互いに検証させることも有効でしょう。
▼Perplexity
https://www.perplexity.ai/
名言を検証するサイトを参照する
『求めよ、さらば与えられん』(新約聖書 ルカの福音書11章9節)―ファクトチェックのように、名言を検証する情報をまとめたサイトがあります。ただし、オリジナルのソースはこれだ!とはっきり示されている例ばかりではありません(むしろ、使いやすくパッケージされたのが名言)。ソースが絶対に間違いないとは言えないのは、前述のとおりです。
▼Quote Investigator – Tracing Quotations
https://quoteinvestigator.com/
別の表現を検討したり、プロに依頼する
上記の方法も、できれば複数のサービスを使って多面的に検証した方が確実です。しかし、趣味でもない限り、そんな時間や手間を掛けている暇はないはず。何より、ここぞという場面で印象的なフレーズを簡単に使える、メリットがありません。自分で確実にソースをチェックできないなら、表現を変えたり工夫するか、校閲と編集のプロに任せるのが一番妥当かもしれません。
世間一般に広く知られていたり、よく見聞きする名言や格言ほど気をつけて使いたいもの。テクノロジーの進化を是とする急進的な人々の多くが、冒頭の言葉に通じる言説を振るっています。
そもそも、名言で示された先人の知恵の本質とは何なのか?それを使う人々の意図は何なのか?『厳しい現代、変化に適応できた者だけが生き残れるのは常識!』とか、『ウォーターフォールは古い!時代はアジャイル!』『目的意識を持って、選択と集中を繰り返して最適化せよ!』といった乱暴な表現で、「生物学の進化」を悪用する使い手には特に注意が必要です。
さて、名言に関する誤解を解いたところで、では、アジャイルをどう捉えるべきか?考えてみましょう。俊敏かつ柔軟に対応できる手法としてのアジャイルにも、数々の誤解がありそうです。正しい認識を踏まえつつ、その本質に迫ります。