コンゴ人に学ぶ?マルチクラウド・ローコード時代のシステム設計
ノンフィクション作家の高野秀行さんの本を読んだことはありますか?世界各地の辺境の地へ出掛けては、思いがけない貴重な出会いを体験したり、あちこちでトラブルに巻き込まれたりを繰り返していく、ノンフィクションや旅行記を多数執筆しています。
意外かもしれませんが、実はこの高野さんの本の中で語られている多様な言語の感覚が、大規模業務で使われるITシステムの設計、エンタープライズアーキテクチャーと共通している点がとても多いのです。そして、この構図の中で重要な役割を果たすのが、仮想労働者としてのデジタルレイバーです。
辺境の地を、他者との相互理解の学習・実践の場に変えるタフネス
まずは、著者である高野秀行さんと、今回取り上げる本の内容について簡単に触れておきます。
高野秀行『語学の天才まで1億光年』紹介動画 – YouTube
著者の高野さんは、1966年東京都生まれ。早稲田大学探検部在籍時に、コンゴ共和国奥地の湖に棲息するという伝説の「モケーレ・ムベンベ」を追ったノンフィクション、『幻獣ムベンベを追え』を執筆してデビュー。2013年に出版された『謎の独立国家ソマリランド』では、第35回講談社ノンフィクション賞を受賞。1992~93年にはタイ国立チェンマイ大学日本語科で、2008~09年には上智大学外国語学部で講師を務めた経験などもお持ちです。これ以外にも、アジアやアフリカなど、誰も足を踏み入れない奥地へと赴き、旅行記やルポルタージュ、エッセイ、小説などを多数発表なさっています。モットーは、『誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、それを面白おかしく書く』。
今回取り上げる、そんな高野さんの著作『語学の天才まで1億光年』では、他の著作同様に、民族と言語の観点から興味深い内容が記されています。語学学習において、教科書に頼らずに教材を自作し、現地のネイティヴから直接学ぶ実経験を通して得られた、生きた知識と洞察が散りばめられています。文化的な均一性が高い日本文化で暮らす読者としては、規範や礼儀というプロトコルを重視し、価値観の共有や、伝統と文化の継承が前提となる慣習との、あまりにも大きな違いを随所で感じながらも、異文化や言語に対するリスペクトを感じざるにはいられません。
語学の天才まで1億光年(集英社インターナショナル)高野秀行(著) | Amazon
コンゴ人に学ぶ「言語」の概念と、大規模システム設計との共通点
では、この本で取り上げられているコンゴの話に移っていきましょう。
私たちが暮らしている日本の文化では、共通認識として大半の人が日本語で読み書きし、意思疎通することで社会が回っています。方言など、一部のゆらぎはあるものの、ほぼ統一されている環境ができあがっているので、運用も楽です。英語やフランス語、中国語が必要な人や場面もありますが、それらはあくまでも限定的で、日本語とは切り離されて扱われています(そもそも、日本人の言語感覚としては、母語と母国語が一致していないというところから不思議に思えますが、これは話が長くなりそうなので何れまたの機会にでも)。
そして、そんな日本とは対極的な国の一つが、中央アフリカの国、コンゴです。といっても、実はコンゴ民主共和国と、その北西にあるコンゴ共和国とは別の国です。15世紀のポルトガルによる奴隷貿易や、19世紀のフランスの植民地政策、多民族の対立など、さまざまな歴史的・民族的・文化的な背景があります。そのため、コンゴの人々は公用語であるフランス語以外に、コンゴ語やリンガラ語、キトゥバ語、バテケ語、ラリ語、ムヌクツバ語などを使っています。
フランス語は、公官庁や学校、病院など、オフィシャルな場で読み書きに使われます。次に、共通語としてのリンガラ語は、市場やバス、協会、ナイトクラブなど、市民生活のいろいろな場所で使われています。これ以外に、家族や親戚、村など、プライベートでローカル、ニッチな場では、40以上の言語が使われているそうです。
そしてこの、複雑かつ多様化したコンゴ人の言語感覚の構図が、大規模業務で使われるITシステムの設計と非常によく似ているのです。
システム開発の現場では、さまざまな言語やテクノロジーが使われています。互換性があったりなかったり、技術トレンドとしての流行廃りもあれば、技術人口にも偏りがあります。業務部門の担当者は、それを共通語として理解する必要があります。アプリケーションとして実装する時のネックがどの辺りにありそうか判断したり、エンジニアたちがいう『技術的には可能です』がどういう意味か、解釈することが求められます。そして、経営トップに正しく伝達されるには、公用語として翻訳されることが必要です。ビジネスでは、現場から意志決定層までのスピードが速く、プロセスがシンプルで、距離が短いほど、プロジェクトとしての一体感は高まり、ゴールの達成へとつながります。
このように、目的や場面に応じて、さまざまなテクノロジーやコミュニケーション手段を使い分ける必要がある両者の構図は、非常に似ています。
デジタルレイバーは、システム設計を旅する大事なパートナー
システム設計で鍵を握る重要なパートナーが、仮想労働者「デジタルレイバー」です。従来、人間にしかできないと思っていた作業を、人間の代わりに遂行してくれるソフトウェアのことです。実際に、いろいろな業務への導入が広がっているAIやRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)は、代表的なデジタルレイバーの例です。
まず、開発現場であるテクノロジー層では、ますます複雑化・高度化する利用者の要求を満たすことが求められます。効率的に開発・運用するには、複数のクラウドを組み合わせたマルチクラウドと、プログラミングコードを必要最小限しか書かなくて済むローコード開発の環境を構築することが有効です。さまざまな最新技術のエコシステムを活用して、迅速にアプリケーションを構築できます。
デジタルレイバーは、テクノロジー層と、次のアプリケーション層との言語を変換・翻訳する立場として機能します。
アプリケーション層では、企業が独自のアプリケーションモデリング言語を採用し、ニーズに応じた機能を正確に記述することが重要です。デジタルレイバーに指示を出し、確実に理解できる言語を作り上げることが、デジタルレイバーを最大限に活用する上での鍵となります。 グローバル化・IT化がさらに加速する現代では、抽象度の高い国際的に標準化された言語による意思表明が非常に重要です。前述の3つの各レイヤーが力強く下支えすることによって、意志決定するビジネス層が企業の全ての業務内容を構造的に表現できるようになります。
デジタルレイバーを育成することで、マルチクラウド・マルチローコードに対応し、IT人材不足を解消
レイヤー間をつなぐデジタルレイバーを組織内部で育成し、活用していくことで、開発エンジニアの負担を減らせる一方、多様化・複雑化した現場の開発ツールや開発言語をスムーズに使いこなせる、新たな価値が生まれます。
また、さまざまな最新技術に対応したデジタルレイバーを育成することで、マルチクラウド・マルチローコードに対応した内製化の環境が整います。これは、現在から将来にわたって続くことが警告されている、ITおよびDX人材の確保にもつながります。
マルチクラウド化・マルチローコード化する環境では、デジタルレイバーによるアジャイル開発が重要
また、今後は、複数のクラウド環境と、複数のローコード環境を組み合わせて使うことが増えていくのは確実です。デジタルレイバーという心強いパートナーの助けを借りながら、現場のニーズを知るシステムの利用者自身がソフトウェアを開発することが、ビジネスの上で大きなアドバンテージになるでしょう。
個別の領域で細分化・最適化されたさまざまな開発言語は、相互に意思疎通できるかどうかわからない民族同士の言葉にも通じています。また、開発当時を知るエンジニアがいない状態で、とにかく今も稼働しているレガシーなシステムは、まさに古代からその存在が噂されていた幻の生物です。世界の僻地まで行かなくても、レイヤーの違いによって言語や表現を切り替えることは、日々、現実に必要です。
相手がテクノロジーであれ、人であれ、そこにある道具を何とか使いこなしながら、サバイバルとしてのコミュニケーションを成立させながら、目的地へ向かうという点では、エンジニアたちも同じ。十分な装備と心強いパートナーを従えて、目の前に広がっている、システム開発の新しいフロンティアに挑戦を続けていきましょう。