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テクノロジー

1,000量子ビット超の量子コンピューター実現でIBMのライバル出現!

理人

量子コンピューターを開発するアメリカのAtom computing社が、1,000量子ビットを超える量子ビットを開発したと発表があり、関係者の間で大きな話題になりました。というのも、IBMのロードマップでは、今年1,121量子ビットの量子コンピューターを発表することになっていますが、その発表の前に達成され、世界最大の量子ビット数が実現したからです。今回は、Atom computingから発表された量子コンピューターについて、IBMの超電導方式量子コンピューターとの違いを踏まえて解説します。

Atom Computing Overview – YouTube

リープリーパーでは、量子コンピューターに関する最新の開発動向を定期的に紹介しているので、合わせてご覧ください。記事中の冷却原子方式の項目で、Atom computing社の名前が出てきます。今回の記事で紹介する中性原子方式と冷却原子方式は、同じものです。

Atom computing社の発表

まずは、Atom computing社のリリースを読んでみましょう。要約すると以下のようなことが書かれています。

2023年10月24日 – 米コロラド州ボルダー – Atom Computing社は、次世代量子コンピューティング・プラットフォームにおいて、現在1,180量子ビットを搭載した1,225サイトの原子アレイを構築したと発表した。企業が1,000量子ビットのしきい値を超えた初めての例であり、大規模な問題を解決できる耐障害性量子コンピューターに向けた業界のマイルストーンとなる。同社は、量子ビットが量子情報を40秒間保存できることを実証した。計算中に特定の量子ビットの量子状態を測定し、他の量子ビットを妨害することなく特定のタイプのエラーを検出する能力を実証した。Atom Computingは現在、企業、大学、政府機関のユーザーと協力してアプリケーションを開発し、2024年に利用可能になるシステムの利用時間を確保している。

▼Quantum startup Atom Computing first to exceed 1,000 qubits(量子スタートアップAtom Computingが初の1,000量子ビットを突破)
https://atom-computing.com/quantum-startup-atom-computing-first-to-exceed-1000-qubits/

Atom Computing
出典:Atom computing社Webサイト

中性原子方式量子コンピューターの利点

Atom computing社のWebサイトには、以下のように書かれています(DeepLにて翻訳)。出てくる各用語については、後で説明します。

  • 大規模なスケーラビリティー:中性原子量子ビットは電荷を持たず、集束したレーザー光でわずかミクロン間隔で保持されたアレイに密に詰め込むことができる。原子アレイは、システム全体のフットプリントを大きく変えることなく、数千、数百万の量子ビットに拡張できる。
  • 忠実度:中性原子は本質的に同一であり、広範に特性評価されており、スケールでのフォールトトレランスを可能にする十分高い忠実度を達成するための基本的な物理学的障害はない。
  • 複雑さの軽減:中性原子量子ビットの制御機能はすべて、各量子ビットに接続された個々の電気ケーブルではなく、自由空間を伝搬する光によって媒介される。
  • 長いコヒーレンス:アルカリ土類金属原子の閉じた外殻電子は、環境の摂動に対して鈍感であるため、我々の量子ビットは40秒を超えるコヒーレンス時間を達成することができる。

中性原子方式と超電導方式量子コンピューターとの違い:量子ビット数

量子ビットは、量子コンピューターの基本的な情報処理の単位です。量子ビットの数が多いほど、量子コンピューターはより多くの情報を同時に処理する能力が向上し、複雑な計算も可能になります。

超電導方式の量子ビットの開発は盛んに進められており、IBMはすでに433量子ビットを実現していて、今年1,121量子ビットのマシンの発表を予定しています。一方、Atom Computingはこの数を上回る、1,180量子ビットの量子コンピューターを開発したと発表しました。

これらの開発の進捗を見ると、数年後には1万量子ビットを超える量子コンピューターが実現される可能性が高まっています。これが実現すれば、現行のスーパーコンピューターでもシミュレーションが難しいレベルの計算性能が期待できます。今回のAtom Computingの発表は、このような未来に向けての重要な一歩と言えるでしょう。

量子コンピューターの進化と量子ビット数の想定
参考:『量子コンピュタの頭の中――計算しながら理解する量子アルゴリズムの世界(束野仁政著、技術評論社)』38ページ図1.8を参考に、LeapLeaper編集部で作成

中性原子方式と超電導方式量子コンピューターとの違い:方式

量子コンピューターの実機開発には、さまざまな実現方式が存在します。これまでトップを走ってきたIBMのマシンは、超伝導方式を採用していました。この方式は、量子ビットを実現するために絶対零度に近い温度を維持する必要があり、そのための冷却装置が必要です。超伝導方式の量子ビットはIBMやGoogleだけでなく、日本の理化学研究所などでも開発されていて、製造プロセスは比較的確立されています。

一方、今回Atom computingが発表した量子コンピューターは、中性原子を量子ビットとして利用する中性原子方式です。レーザーを使って中性原子をトラップ(閉じ込め)し、制御し、操作します。中性原子方式は、特にスケーラビリティ−(次で解説)と量子多体系でのシミュレーションにおいて、優れたポテンシャルを持っていると考えられています。超低温に冷却した中性原子を利用するため、「冷却原子方式」とも呼ばれることもあります。

中性原子方式と超電導方式量子コンピューターとの違い:スケーラビリティー

スケーラビリティー(拡張性)とは、システムが拡張可能な度合いを指します。高いスケーラビリティーを持つ量子コンピューターは、技術進歩と共に量子ビットを追加したりシステムを拡張できるため、将来的には大規模で複雑な問題の解決も期待されます。

超電導方式の量子コンピューターは現時点で開発が進んでいますが、量子ビットを絶対零度近くまで冷却する必要があるため、大規模な冷却装置が必要です。これがスケーラビリティーの課題となっています。大量の量子ビットを搭載するには、それに応じて冷却装置も拡大させる必要があり、システム全体の複雑さが増すためです。

一方、中性原子方式の量子コンピューターは、量子ビットを冷却する必要がありますが、超電導方式ほど低い温度までは必要としません。そのため、比較的コンパクトな装置でシステムを実現することが可能です。また、中性原子のトラップや操作に使用される技術が進化しているため、スケーラビリティーの面でも有望な方法と考えられています。

中性原子方式と超電導方式量子コンピューターとの違い:忠実度

忠実度とは、量子ビットやゲート操作の精度を示す指標です。忠実度が高いほど、エラーの発生が少なく、量子計算の正確性が向上します。

超電導方式では99.9%を超える忠実度を実現している量子コンピューターもありますが、環境ノイズや温度に非常に敏感なため、外部要因の影響を受けやすく、それが忠実度の低下を招く可能性があります。

一方、中性原子方式は電気的に中性であるため、電磁ノイズに対して耐性があり、忠実度が維持されやすいと考えられます。

超電導方式は、システム規模が大きくなるにつれて忠実度が下がる可能性があるのに対して、中性原子方式では、量子ビットの数を増やしても忠実度に大きな影響は少ないと考えられます。量子コンピューターは忠実度を保ったまま規模を大きくする必要があるため、スケーラビリティー向上に寄与する重要な要素となります。

忠実度計算回数ミスの確率
99%100回73%
99.9%100回10%
99.99%100回1%
量子コンピューターは、ノイズの影響を受ければミスの確率が上がってしまう

中性原子方式と超電導方式量子コンピューターとの違い:コヒーレンス時間

コヒーレンス時間とは、量子ビットが特定の量子状態を維持できる時間のことを指します。コヒーレンス時間が長いほど、量子アルゴリズムを実行する際に多くの計算ステップを実行できる可能性が高くなります。量子ビットのコヒーレンス時間は、量子コンピューターの全体的な性能や忠実度、そしてスケーラビリティーに影響を与える重要な指標の一つです。

超電導方式の量子ビットのコヒーレンス時間は、例えばIBMのマシンでは400マイクロ秒を超えるものが報告されていますが、これは1秒には遠く及びません。一方で、中性原子方式のAtom Computingのマシンは、コヒーレンス時間が40秒に達する報告されており、この長いコヒーレンス時間は、量子計算の実行において大きなアドバンテージをもたらす可能性があります。

IBMの報告:Eagle’s quantum performance progress | IBM Research Blog

トップが簡単に入れ替わる、量子コンピューティングの最先端

今回の記事では、Atom Computing社が発表した1,000量子ビットを超える中性原子方式の量子コンピューターについて、IBMの超電導方式の量子コンピューターとの比較を踏まえて詳しく解説しました。

これまで、IBMの超電導方式の量子コンピューターは量子コンピューティングの開発においてリーダー的存在でした。しかし、Atom Computing社のこの新しい発表は、量子コンピューティングのフィールドにおいて新たな競争力を持つ存在として注目を集めそうです。量子コンピューティングの技術は日々進化しており、今後の開発動向から目が離せません。

参考

量子コンピューターが本当にわかる! ― 第一線開発者がやさしく明かすしくみと可能性(武田俊太郎、技術評論社)

▼研究概要 | 分子科学研究所 光分子科学研究領域 – 大森研究室
https://ohmori.ims.ac.jp/research-topics/

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理人
理人
博多在住の研究員兼博士課程学生
エンジニアになるつもりで入社しましたが気づいたら研究をしていました。数学が専門ですが、研究はバイオ系です。ときどき採用面接をしたりします。オタクなので月に1度は遠征に出かけます。
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