量子優位性って?量子コンピューター実現への新たな期待と現状
先日、東京大学、NTT、大阪大学の共同研究グループから、とあるプレスリリースが出ました。その内容は、「物性物理学分野において他の分野より一桁少ない量子ビット数で、量子優位性を達成する」ことを示しています。
今回の記事では、量子優位性の概要や、そのプレスリリースで示された物性物理学での量子優位性、現状で報告されている量子優位性の事例について紹介します。リープリーパーでは、量子コンピューターの最新ニュースについて逐次解説しています。これまではハードウェアの開発によるニュースを多く取り上げてきましたが、今回はソフトウェアに関するニュースです。
今回の研究成果を伝える論文は、世界的に著名な学術雑誌であるNature誌に掲載されました。Natureに採択されたことは、本研究の科学的意義の高さを示すものと言えます。
プレスリリース本文
論文
量子優位性とは何か?
量子優位性とは、量子コンピューターが従来のコンピューターを凌駕する性能を発揮することを指します。量子超越性とも呼ばれるこの概念は、量子コンピューターの開発を推し進める原動力となっています。
量子優位性の実現は、量子コンピューターの応用可能性を大きく広げ、これまで解決が困難だった問題への取り組みを可能にすると期待されています。
東大のプレスリリースの概要
今回の東大のプレスリリースでは、物性物理学という分野で量子優位性に必要な量子コンピューターの最小スペックが報告されました。
これまでは量子化学や素因数分解で量子優位性を得るために100万以上の量子ビット数が必要であることがわかっていましたが、今回の研究では、物性物理学において10の5乗の桁数の量子ビット(10万の数倍程度の量子ビット)で、量子優位性が得られることが示されました。
物性物理学とは
物性物理学は、物質の性質や振る舞いを研究する学問です。例えば、なぜ金属は電気を通すのか、なぜ磁石は鉄につくのか、なぜ水は0度で凍るのかなど、身の回りの物質に関する疑問を、物理学の法則を使って説明する学問です。
物性物理学では、物質を構成する原子や電子の振る舞いを量子力学という理論を用いて理解します。しかし、原子や電子の性質を、従来のコンピューターを使って正確に計算するのは非常に難しいことです。そこで、量子コンピューターの出番です。量子コンピューターは、量子力学の原理を利用して計算するため、物質の性質をより正確に、そして高速に計算できる可能性があります。
物性物理学での量子優位性の意義
今回の発表では、物性物理学において、実用的な量子優位性が期待される他の二分野と比べて、一桁以上も少ない量子ビット数と短い計算時間で量子優位性を達成できる可能性が示されました。これは、実用的な量子優位性を実現するための重要な一歩であると言えます。
量子コンピューターの実用化には、ハードウェアとソフトウェアの両面での発展が不可欠です。特に、要求されるハードウェアのスペックが高ければ高いほど、実現までに長い時間を要することになります。そのため、なるべく低いハードウェア要件で量子優位性を達成できる理論が求められています。
今回の発表は、物性物理学分野において、革新的な理論的成果を示したと言えます。この成果は、量子コンピューターの実用化に向けた道筋を示すだけでなく、物性物理学の研究そのものにも大きなインパクトを与えると期待されます。
現状で量子優位性が報告されている分野
先ほどの図にあるように、物性物理学以外にも、3つの分野で量子優位性の理論的証明や実機での検証が行われています。
1.ランダム量子回路/ランダムサンプリング
ランダム量子回路とは、量子ビットに対してランダムに選ばれた量子ゲートを適用することで生成される量子回路のことを指します。このランダム量子回路を用いて、ある確率分布に従ったサンプルを生成する問題がランダムサンプリングです。
量子コンピューターを使うと、ランダムサンプリングを高速に実行できます。直接、産業に応用した例は報告されていませんが、量子コンピューターの性能を示すベンチマークとして用いられています。
Googleが2019年に量子優位性を報告して世間を騒がせたのも、ランダムサンプリングに関する研究です。
2.量子化学
量子化学とは、化学反応や分子の性質を量子力学に基づいて研究する学問分野です。量子化学計算では、分子の電子状態を計算することが重要ですが、古典コンピューター(量子コンピューター以前の現状のコンピューター)では、電子の数が増えるにつれて計算量が指数関数的に増大します。量子コンピューターを使うと、効率的に計算できると期待されています。この技術は、新薬の開発や材料設計などに応用されると考えられています。
量子化学において、数百万程度の量子ビットで量子アルゴリズムの優位性が示されています。
▼Goings, Joshua J., et al. “Reliably assessing the electronic structure of cytochrome P450 on today’s classical computers and tomorrow’s quantum computers.” Proceedings of the National Academy of Sciences 119.38 (2022): e2203533119.
https://www.pnas.org/doi/full/10.1073/pnas.2203533119
3.素因数分解
素因数分解とは、中学校で習うようにある整数を素数の積に分解する問題です。大きな整数の素因数分解は、古典コンピューターでは非常に難しい問題であり、RSA暗号など広く使われている暗号技術の安全性は、素因数分解の難しさに依存しています。一方、量子コンピューターを使えば、素因数分解を効率的に解くことができる可能性があります。これが実現すれば、現在の暗号技術の多くが安全でなくなるため、量子コンピューターの開発は暗号技術の発展にも大きな影響を与えると考えられています。
量子コンピューターと暗号技術については、以下の記事で詳しく解説しています。
10万量子ビットはいつ達成するの?
現状の量子コンピューターの開発状況としては、量子ビット数でいうと1,000量子ビット程度です(2024年5月現在)。物性物理学で量子優位性を得るために必要とされる10万量子ビットには、まだ2桁の開きがあります。
しかし、これまでの各社の開発ペースを鑑みて単純に推測すると、以下の図のような予測が立てられます。これによると、10万量子ビットの達成は2030年前後と予想されます。
ただし、量子コンピューターの開発にはいくつもの課題があり、実際の開発がこの予測通りに進むとは限らないことに注意が必要です。
量子優位性を達成できる可能性
今回の記事では、東京大学のプレスリリースをもとに量子優位性について解説しました。
量子コンピューターの実用化に向けて、量子優位性の達成は非常に重要な意味を持っています。今回の発表は、物性物理学の問題について、他分野と比べて格段に少ない量子ビット数と短い計算時間で、量子優位性を達成できる可能性を示しました。これは、量子コンピューターのハードウェア開発に対する要求を大幅に緩和し、実用化へのハードルを下げる重要な一歩です。
量子コンピューターの実用化はまだ道半ばですが、今後のさらなる理論的・実験的進展に期待しましょう。
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Soさん、ご質問ありがとうございます。 博士課程で必要な生物学の知識は、基本的に…
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四葉さん、コメントいただきありがとうございます。にんじんです。 僕がこの会社この…
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