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テクノロジー

試行錯誤の真っ只中!量子コンピューターの実現方式の違い

理人

量子コンピューターは、量子力学の原理を利用して情報を処理する新しい種類のコンピューターです。従来のコンピューター(古典的なコンピューター)がビットという基本的な単位を用いて情報を扱うのに対し、量子コンピューターは量子ビットと呼ばれる新しい情報の単位を使用します。

今回の記事では、量子コンピューターの実現方式の概要と開発の動向について紹介します。量子コンピューターを実現するには、さまざまな技術や方式が存在します。それぞれの方式は量子ビットの物理的な実現方法によって異なり、それぞれに利点と欠点があります。それを具体的に見ていきましょう。

なお、リープリーパーでは、全くのビギナーから研究職まで、いろいろな人に向けた量子コンピューターの記事を掲載しているので、この記事に併せてご覧ください。

超電導方式

超電導方式は、量子コンピューターの実現方式として最も知られている方式の一つです。GoogleやIBMなどの大手企業がこの方式を使って、量子コンピューターの開発を進めています。日本でも、理化学研究所が超電導方式の64量子ビット量子コンピューターを開発し、ニュースになりました。

超電導方式では、電流が抵抗なしに流れる超電導体を使用して量子ビットを作り出します。メリットは、操作と読み出しが比較的高速なことです。一方デメリットは、超低温環境が必要なことと、デコヒーレンス(量子状態の崩れ)が比較的早く起こることです。

64量子ビット集積回路チップ
64量子ビット集積回路チップ
(出典:理化学研究所)
量子ビット超伝導量子コンピューター用の希釈冷凍機内の配線
量子ビット超電導量子コンピューター用の希釈冷凍機内の配線
(出典:理化学研究所)

イオントラップ方式

イオントラップ方式は、レーザーを使ってイオン(電荷を帯びた原子)を制御し、量子ビットを作り出します。イオンの量子状態は非常に安定しているため、この方式の量子コンピューターは長時間作動させることができます。また、高精度のゲート操作が可能です。しかし、イオンを制御する技術は比較的複雑で、スケールアップが難しいという課題があります。アメリカのQuantinuumやIonQなどが開発を進めています。

Quantinuumのトラップイオンマイクロチップ
Quantinuumのイオントラップマイクロチップ
(出典:Quantinuum Ltd.)
Moses, S. A., et al. “A Race Track Trapped-Ion Quantum Processor.” [2305.03828] A Race Track Trapped-Ion Quantum Processor
https://arxiv.org/abs/2305.03828

光方式

光方式は、光子(光の粒子)を量子ビットとして利用します。光子は電磁波の一部であり、光ファイバーを通じて長距離を送信することが可能です。そのため、光子を利用した量子コンピューターは、量子通信や分散量子計算に適しています。また、超電導方式やイオントラップ方式のような低温環境は必要ありません。しかし、光子を精密に制御するための技術はまだ発展途上にあります。東京大学大学院の武田俊太郎准教授の研究室や、カナダのXanadu、アメリカのPsiQuantumなどが開発を進めています。

世界初の光方式量子コンピューター、XanaduのBorealis
世界初の光方式量子コンピューター、XanaduのBorealis
(出典:Xanadu)

半導体方式

半導体方式は、半導体の中にある電子スピンを量子ビットとして使用します。製造技術として、現在のマイクロエレクトロニクスの技術を流用できると言われています。ただし、短いコヒーレンス時間と、周囲の電子との相互作用によるノイズが問題となっています。アメリカのIntelや日立製作所、理化学研究所などが開発を進めています。

理化学研究所の研究で用いられた半導体方式のチップ
理化学研究所の研究で用いられた半導体方式のチップ
(出典:理化学研究所)

冷却原子方式

冷却原子のアプローチは、超低温に冷却した原子をレーザーで操作し、量子状態を作り出すものです。これらの原子は光学的なトラップ、つまりレーザーによって作り出される特殊な構造に保持されます。このアプローチの主な利点は、冷却原子が他の物理的な要素から孤立しているため、外部からのノイズに非常に強いということです。しかし、大規模なスケーリングと、精密な操作が難しく、また操作速度が比較的遅いことが課題です。自然科学研究機構分子科学研究所のチームや、アメリカのAtom ComputingやフランスのPasqalが開発を進めています。

世界最速2量子ビットゲートの概念図
世界最速2量子ビットゲートの概念図
(出典:分子科学研究所 富田隆文特任助教)

トポロジカル方式

トポロジカル方式は、非可換エニオン粒子を利用してトポロジカル量子ビットを作り出します。

この方式の特徴は、量子ビットが非常に安定していて、環境ノイズに対する耐性が高いことです。ただし、トポロジカル量子ビットを用いた量子コンピューターの開発は、技術的に非常に困難であり、まだ初期段階にあると言えます。企業だとアメリカのMicrosoftなどが開発を進めています。

マイクロソフトのAzure Quantumチームが設計したデバイス
マイクロソフトのAzure Quantumチームが設計したデバイス
(出典:Microsoft)

(番外編)量子アニーリング方式

ここまでは、汎用的な問題を解くための量子コンピューターに関する実現方式を紹介してきました。最後に紹介する量子アニーリング方式は、特定の種類の最適化問題(イジングモデル)を解くための量子コンピューターです。量子アニーリングは、量子力学の特性を利用して、問題の解空間を効率的に探索します。D-Wave Systemsというカナダの企業が、商用の量子アニーリングマシンを開発しています。日本でも東北大学に実機が設置されています。

詳しい解説は以下の記事をご覧ください。

D-Wave Advantage量子コンピューター
D-Wave Advantage量子コンピューター
https://dwavejapan.com/system/

なぜ、量子コンピューターにはさまざまな実現方式が存在するのか?

このように、量子コンピューターにはいろいろな実現方式があります。それは、なぜでしょうか?

その理由は、どの方式がベストなのか、まだ分からないからです。量子コンピューターの設計と構築は、非常に複雑で困難な課題で、それを達成するための「最善の」方法はまだ見つかっていません。そのため、多くの研究者や企業がさまざまなアプローチを探求しています。

具体的には、量子コンピューターの実現には以下のような課題があります。

物理的な課題

量子コンピューターは、量子状態の重ね合わせと量子もつれ(エンタングルメント)という、通常の古典的なコンピューターとは全く異なる物理的性質を利用します。これらの性質を維持し、制御するためには、非常に精密な操作と、環境のノイズからの保護が必要です。

技術的な制限

量子ビットを物理的に実現する方法は多数存在し、それぞれに利点と欠点があります。例えば、特定の方法では、低温環境が必要で、これは独自の技術的な挑戦が必要です。また、一部の技術は、単一の量子ビットを非常に精密に操作できますが、多数の量子ビットを組み合わせてスケールアップするのが困難な場合があります。

どれが正解かはわからない、総当たりの模索は続く

今回紹介したように、量子コンピューターを実現するにはさまざまな方式が存在します。それぞれに独自の利点と課題があり、どの方式が最も有望かは、現時点ではまだ明らかになっていません。これらの技術は全て進行中の研究であり、未来の量子コンピューターの形状を決定するための競争ともいえる状況にあります。量子コンピューターの可能性を最大限に引き出すための、最善の道筋はまだ見つかっていません。しかし、それぞれのアプローチが新たな発見と革新を引き出すことで、その答えに近づいていくことでしょう。

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理人
理人
博多在住の研究員兼博士課程学生
エンジニアになるつもりで入社しましたが気づいたら研究をしていました。数学が専門ですが、研究はバイオ系です。ときどき採用面接をしたりします。オタクなので月に1度は遠征に出かけます。
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