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カルチャー

IT x 楽譜出版という人生の不思議な出会いのこと―江崎 昭汰さん1

リプリパ編集部

皆さんは、音楽を演奏する趣味をお持ちですか?今回は、音楽の楽譜を清書する浄書(じょうしょ)と、音を聞いて譜面に起こす採譜(さいふ)という世界へご案内します。案内役は、BlueMemeのビジネスアーキテクトとして活動する江崎 昭汰さん。社員であると同時にピアニストでもあり、ミューズ・プレスという音楽出版の合同会社も経営されています。以前、リープリーパーで紹介したオランダ在住のバスクラリネット奏者の国田 健さんも、同社の同僚です。

5回にわたってタップリ話を聞いたところ、どれも興味深い内容でした。

この記事でインタビューをした方

えざき しょうた 
ビジネス・アーキテクト/ピアニスト/楽譜蒐集家
5年間のベルギー留学が終わり、東京と千葉で約1年半の放浪の末にあることをきっかけにBlueMemeに入社。平日はITのことばかり、土日は音楽のことばかり考えています。

特別な楽譜を出版する、もう一つの会社にも所属して

― ミューズ・プレスで扱っているのは、一般の書店で売られてるような大量印刷された楽譜じゃなくて、ちょっと特別な楽譜なんですよね?

江崎:はい、主に楽譜の出版をやってる会社です。例えば、自筆譜のまま遺され、出版されていない作品を一般に流通させるための浄書(じょうしょ)という、キレイな状態に清書しています。また、楽譜になっていない曲を専門の方々にお願いして楽譜化してもらう採譜(さいふ)をして、全世界に販売しています。

▼Muse Press – ミューズ・プレス
https://muse-press.com/

― 関係者が使っていたり書き込みがあるような楽譜という意味では、映画やドラマの脚本だとか演劇の台本のようなものなんですね。モノによっては、美術品に近いような。

江崎:そうなんです。私はよく、X (Twitter)に自分で集めてる楽譜を記録用に投稿してるんですが、これとか個人的には世紀の大発見ですよ。この楽譜は、私がよく利用しているドイツの古楽譜屋のカタログに載っていたもので、見つけた瞬間すぐに注文しました。もちろん出版の記録もないし、日本のどこの図書館や資料館にも所蔵されていなくて、いくらお金を払ってもまず手に入れることができません。

― 会社の立ち上げの経緯は、どんな感じだったんですか?

江崎:元々、私が細谷 滝音さんという人と、X (Twitter)で知り合ったのがきっかけなんです。凄くマニアックな曲について投稿してる彼に、私からダイレクトメッセージを送ったのがきっかけでした。それからいろいろ交流していくうちに、彼は出版に関する知識を持って、2人の思いがマッチして出版社を始めたんです。

― 細谷さんの経歴を見ても、なかなか凄い方なんですね。

江崎:はい。彼はプログラマーとして活動し、英語やフランス語も堪能、Webサイトのメンテナンスから、楽譜の印刷・製本までやってます。クラシックはもちろん、ジャズやロック、ブラジル音楽など、さまざまなジャンルの音楽にも詳しくて、非常に器用な方です。

― そして、一番初めに販売した楽譜が、この「モルダウ」と。

江崎:はい。オーケストラ曲、もしくは一部の世代には合唱曲としてよく知られる曲の楽譜でした。これが本当によくできた曲で、私も愛聴しています。

スメタナ/福間洸太朗:モルダウ(ピアノ独奏版) | Muse Press, LLC

― 楽譜販売ビジネスとしての状況はどうですか?国田さんも話してましたが、『ミューズ・プレスの楽譜だから』って指名買いしてくれるお客さんがいたり、音楽店の店頭に特設コーナーを作ってもらったり、根強いファンも居るんでしょう?

江崎: うーん、むずかしいものはあります。やっぱり、楽譜って出版しないと残らないんで、出すことにも大きな意味があるんだと考えてます。マーケットのパイも大きくなく、ニーズもそこまで無いってことが分かっているから、どの出版社も自らから手を出さないのは仕方ないことです。ただ、売れる売れないに関わらず、本当に価値があると私たちが思う作品があります。誰もやらないままそれらの楽譜が消えていくぐらいなら、私たちが生きてる間だけでも何とかしたいなと思ってて、出版しています。

― とはいえ、BlueMemeとは別のアウトプットがあるってことは、金銭的な利益とは別のプラス作用が働いていたり、相互に還元されているようにも感じられます。

江崎:確かに、自己表現の場がもう一つあるのは、心が豊かになってすごくいいなと感じています。ここまで、マニアックで珍しいピアノ曲を出してる出版社はないですから。

『パソコンができるなら、ITもいいんじゃない?』というミューズの啓示

― そもそも、どういう経緯で、ITと音楽とが結びついたんですか?これも以前、国田さんに話を聞いたときに『未経験のIT業界に入ったのは、江崎に誘われて…』ということでしたが。

江崎:たまたまとしか言いようがないんですよ。私自身、2019年にBlueMemeに入る前までは、実は東京や千葉などあちこちを放浪してたんです。

―「放浪の音楽家」とは、ちょっとステキな響きじゃないですか。でも、現実は…

江崎:実際は、そろそろ就職しないと生活が立ち行かないなとふと我に返ったのです。また、当時付き合っていた彼女(現在の妻)からも『パソコンは得意だし、全く分からないことでも何とか勉強したらできるでしょうから、IT系の会社とかいいんじゃない?』って言われて。

― 何と、聡明かつかなり大胆な(笑)。

江崎:そして、縁があってBlueMemeに入社して現在に至るんです。だから、私も国田も、今があるのは私の妻のおかげかもしれません。他にも勝手に「東京の父」と呼んでる、ピアノ調律師さんにも心から支えられました。本当にいろんな方に助けられて来ました。

― 人生の調律をしてもらった恩人なんですね。

「楽譜小僧」として世界につながっていた小中学生時代

― 奥さんからそうアドバイスをもらうぐらいには、パソコンが使えてたんですね?

江崎:はい。私がインターネットやり始めたのが、小学校4年生くらいでした。母親のパソコンをずっと占拠して、楽譜の販売をしている海外のサイトをよく見てました。

― 知的な扉が海外の世界につながってた、と。

江崎:今は検索すればすぐに出てきますが、当時のWebサイトにはそこまで情報が載っていなかったので、海外の出版社に楽譜の在庫がないかメールで尋ねてました。時には、国際FAXも使いましたよ。その時に作曲家のスペルも全部覚えて、検索しては海外の楽譜コレクターにメールを送りつけ、返事がもらえるかどうかドキドキしながら待ってました。また、中学2年生くらいから、オークションサイトeBayを利用し始めました。

― どんどん深みに填まっていく様子がわかります(笑)。

江崎:時々、eBayでもの凄くレアな楽譜が出品されるんですよ!でも、時差があるから、場合によってはオークションの終了時間が日本の早朝だったり、真夜中だったりします。ある時、朝の8時半に終了するオークションがありました。この商品を落札しないと自分は一生後悔するだろうと思って、終了時間ぎりぎりまでパソコンの前に座り、約3万円くらいで無事に落札、学校には遅刻して行きました。校長先生には、めちゃくちゃ怒られて正座させられました(笑)。

― あー、反省させるダメな教育の例じゃん…

江崎:ある作曲家のサインが入った写真なんですけどね。今でも大切に額に入れて保管しています。

eBayで入手した作曲家のサイン入り写真
eBayで入手した作曲家のサイン入り写真

― Webの閲覧以外にも、何かやってたんですか?

江崎:母親がよくホームページビルダーを使っていたので、教えてもらって作ったWebサイトを、父親がやってた会社のドメインを借りて公開したりしてました。

― 凄いご両親だ。ようやく、音楽とITが結びついてきました!

江崎:あとは、著作権が消滅してる曲を、Sibelius(シベリウス)という楽譜作成ソフトウェアで打ち込んで、MIDIファイルを出力し、そのMIDIファイルをWeb上で公開してました。掲示板も設置して、そこに参加した皆で、この曲があーだこーだと議論していましたね。懐かしいです。

コロナ禍という危機に際して、音楽家がそれぞれに下した判断

― この1年ほどはアフターコロナの生活様式に移った感がありますが、コロナ禍の音楽業界は本当に大変でしたよね。コンサートを含むライブエンタメ系のイベントが中止や無観客開催、人数制限で、アウトプットの場がかなり制限されてました。江崎さんの周りの環境って、どれぐらい変化しましたか?

江崎:めちゃくちゃ変わりましたよ。当たり前ですが、演奏会ができなかった音楽家は、新しい働き方や新しい音楽活動の方法を模索することを強制されました。それに、コロナ禍をきっかけに就職した音楽家の友人も何人もいます。

― 働き方だけでなく、仕事そのものを大きく変えた、世界規模の出来事でしたからね。決して過去の話ではなく、今もまだ続いていますし。

江崎:コロナ禍の間は非常に辛く、音楽活動を辞めたり、生活が立ち行かなくなったり、自身をアピールしていくことを辞めた音楽家は大勢います。今まで当たり前にできていた音楽活動が突然できなくなり、自分がどうやって活動を継続できるのか、強制的に考えさせられました。また、自身が環境に応じて変化していくこともこの頃に学びました。

― 手法は違っても、音楽活動を続けていくためにどうしたらいいかを考えた、その人なりの判断なんでしょう。と同時に、考え続けることに疲れ切ってしまった行動停止だとしても、責める気にはなれません…

江崎:そうですね。私は元々『音楽を専門的に学んできたのだから、音楽がメインの仕事をやらなければならない』と思っていました。10年ほど、ただただ音楽だけを突き詰めて来たからこその、思い込みだったのかもしれません。でも、いざ自分と無縁だった世界に飛び込むと、そういった考えは吹き飛び、音楽以外の世界にも視野も広がり、むしろ自身の音楽活動にプラスの作用をもたらしています。ベルギー留学から帰国後、千葉や東京を放浪の末にIT業界に飛び込み、音楽活動が続けられている。当時の私にこのことを話したら、恐らく信じてくれないかもしれません。そして今、BlueMemeで音楽の演奏会を開催しようとしているという、驚きの状況になっています(笑)。


一つの仕事でプレッシャーがあっても、マインドチェンジはなかなかできないのが人間。江崎さんが、直接はつながりがない2つの会社に所属し、それぞれのタスクを自分で設定して、どちらもちゃんとやるのは、結局はどちらにもプラスになっているような印象を受けました。

また、自分が続けていくべきことの目的と手段との折り合いをどのように付けるのか?は、不要不急だと誤解された全てのクリエイティブワークに関わる人たちにとって、今も切実な問題です。

さて次回は、楽譜販売という特徴的なビジネスについて、さらに詳しく話を聞いてみます。

実は、この記事を書いた当初は、BlueMemeとクラシック音楽は、直接の接点がない…はずでした。それがこのたび、「IMAGINARC 想像力の音楽」というイベントとして6月に開催されることになりました!これは、ゲームやアニメ、映画等のさまざまな音楽を主に2台のピアノのために編曲し、5つのテーマのもとに集めた演奏会です。各テーマに寄せて5人の作曲家が5つの新曲を、そして11人の小説家が全15篇の新作短編を書き下ろします。もちろん江崎さんも参加し、イニシエーター/プロジェクト・マネージャーを務め、ピアニストを務めます。仙台をスタートに、福岡、熊本、そして東京で開催。チケット好評販売中!

この記事でインタビューをした方

えざき しょうた 
ビジネス・アーキテクト/ピアニスト/楽譜蒐集家
5年間のベルギー留学が終わり、東京と千葉で約1年半の放浪の末にあることをきっかけにBlueMemeに入社。平日はITのことばかり、土日は音楽のことばかり考えています。

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