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ワイセンベルクとトレネ、アムランを巡る長い旅―江崎昭汰さん3

リプリパ編集部

BlueMemeのビジネスアーキテクトである江崎 昭汰さんが所属するミューズ・プレスでは、この世に楽譜として未だ出版されていない作品を発掘して、それらの楽譜を浄書して商品として販売しています。ただそこには、作曲家だけでなく、編曲家や演奏家、遺族、出版社、音楽著作権管理団体など、実にさまざまなステークホルダーが関係します。しかもヨーロッパの複数の国々。かなり複雑な話なので、皆さん、ちゃんと付いてきてくださいね。

前回の記事はこちらから。

複雑すぎるステークホルダーたちとのタフな交渉

江崎:こういう素晴らしい曲があるんです。私はこの曲が大好きで、これだけはいつでも弾ける状態にしているんですけど。これは、マルク=アンドレ・アムランっていうカナダ人ピアニストの演奏です。私はアムランの大ファンで、ベルギーに留学していた5年間、ずっと彼の追っかけをしていましたね。懐かしいです。

Hamelin plays Weissenberg – En Avril, à Paris – YouTube

彼が演奏している曲は、ある方の編曲作品なのです。原曲は、フランスの歌手・作詞家・作曲家であるシャルル・トレネの曲です。

― クラシックかと思ったら、何だかジャズっぽいですね。

江崎:そうですね。この曲を含むシャルル・トレネの編曲作品全6曲が、1950年代に販売されたんです。Lumenという会社から出たレコードのタイトルは、「Mr. Nobody plays Trenet」。後年、この匿名”Mr. Nobody”の演奏家が、アレクシス・ワイセンベルクというブルガリア出身のユダヤ人ピアニストであったと発表されました。彼は伝説的なクラシックのピアニストで、オーストリア=ハンガリー帝国出身の世界的な指揮者、ヘルベルト・フォン・カラヤンとも共演したほどの有名ピアニストです。しかし当時、クラシックのピアニストがジャズを弾くのは御法度!という風潮が少なからずありました。なので、Mr. Nobodyという匿名で録音したんでしょう。

17cm EP盤でのみ販売された「Mr. Nobody plays Trenet」のジャケット。超入手困難。
17cm EP盤でのみ販売された「Mr. Nobody plays Trenet」のジャケット。超入手困難。

― 何だか、探偵小説のよう!

江崎:それが、2000年に入った私が高校3年生の頃、ワイセンベルクの曲を聞いて素晴らしさに感銘を受けたアムランが、自分で採譜(譜面化)したんです。録音もしていますよ。

Trenet, Eiger: En Avril, à Paris (Arr. Weissenberg) – YouTube

― さっきの演奏してた人ですね。

江崎:はい。私は、アムランに『ワイセンベルク編曲のトレネの楽譜を見たいのですが、送っていただくことはできませんか?』と、今考えれば失礼な手紙を送ったのです。もちろん返事はなかったんですけど、いつかこの楽譜を見てみたいと夢見ていました。後々アムランに話を聞くと、『著作権の関係で、送りたくても送れなかった』と言われました。確かに、そうですよね。

その後、私がベルギーに留学していた時に、ワイセンベルクの娘であるマリア・ワイセンベルクさんと、偶然コンタクトを取ることができたんです。

― 新しい展開ですね!

江崎:そこで彼女に、『この編曲の楽譜って、実際存在しているんですか?』って聞いたんですね。そしたら『アムランが採譜した楽譜も手元にある。そして、父の自筆譜もある』って言うんですよ!これを聞いたときは、本当に驚きました。採譜ではなく、ワイセンベルク自身による編曲の自筆譜が残っていることに。

マリアさんは、お父様であるアレクシス・ワイセンベルクが亡くなって、彼が所時していた楽譜や資料、父が作曲した作品を、膨大な時間を掛けて整理し、その過程で自筆譜を偶然発見したんでした。これは、ピアノ音楽界では大ニュースです!発見された楽譜は、自筆譜(実譜)のままでした。つまり、手書きの状態でした。

― なるほど、それが浄書へとつながっていくのか!

江崎:そうです。その後、マリアさんをはじめとするご遺族には、複雑な権利関係の調査に尽力いただきました。そして、アムランの緻密な校訂により、2020年12月に遂に楽譜を出版できました。

この出版企画を実現するために、スペインのマドリードにあって、マリアさんが管理するアレクシス・ワイセンベルク・アーカイブにも足を運びました。ワイセンベルクが遺した膨大な資料をこの目で見たときは、あまりもの興奮で手の震えが止まりませんでした。高校生の頃から夢見ていたことが、今ここで叶っているのですから。

― 人様の、昔の体験とはいえ、まさに胸熱の展開ですね。

江崎:確かその日は、午後からアレクシス・ワイセンベルク・アーカイブに行ったんですが、夕方まで休憩なしで約6時間、資料の閲覧に没頭していました。

アーカイブで資料を見ている様子。撮影者:マリア・ワイセンベルク
アーカイブで資料を見ている様子。撮影者:マリア・ワイセンベルク

その後は、マリアさんとマリアさんの友人、オランダ人ピアニスト、そして私の妻と皆で、マドリードで有名なレストランで夕食を取りました。スペイン料理に囲まれながら、夜遅くまで音楽談義を繰り広げました。一生の思い出です。7年経った今でも、あのときの温かい雰囲気と情景が鮮明に頭に浮かびます。ちなみに、その翌日もアーカイブに行きました。観光はほとんどしませんでしたね。

楽しい会話とおいしい夕食。
楽しい会話とおいしい夕食。

― 多くの人物と国境をまたぎ、長い時間を経た壮大な物語ですね。

江崎:この楽譜が出版される時には、発売前から大きく注目されていました。音楽関係の方にお会いするたびに『いつ出版されるの?』と尋ねられていました。

アレクシス・ワイセンベルク:シャルル・トレネによる6つの歌の編曲 | Muse Press, LLC

― それだけ待ってた人がいたってことなんですね。

江崎:そうですね。本当にありがたいことでした。それだけ素敵な編曲なので、私の演奏をぜひ聴いていただきたいです。

Weissenberg: 6 arrangement of songs sang by Charles Trenet (Performed by Shota Ezaki) – YouTube


途中で、話を聞いている側も意識が少し遠くなるほど、それはそれは複雑で壮大なやり取りがあった様子でした。単なる古い楽譜の収集やキレイな見た目の仕上げではなく、さまざまなステークホルダーの利害を調整する、国境を跨いだ粘り強い交渉の末の、楽譜の出版という舞台裏でした。

次回は、江崎さんが楽譜を作るのに使っている音楽専用ソフトウェア、Finale(フィナーレ)について熱く語ってもらいます。


そんな江崎さんの興奮に、ちょっと違う形で触れてみませんか?彼がピアニストとして参加するだけでなく、イニシエーター/プロジェクト・マネージャーを務める「IMAGINARC 想像力の音楽」が6月に開催されます。ゲームやアニメ、映画等のさまざまな音楽を主に2台のピアノのために編曲し、5つのテーマのもとに集めた、ちょっと特徴的な演奏会。各テーマに寄せて5人の作曲家が5つの新曲を、そして11人の小説家が全15篇の新作短編を書き下ろします。仙台から福岡、熊本、そして東京へと巡ります。チケット好評販売中!

この記事でインタビューをした方

えざき しょうた 
ビジネス・アーキテクト/ピアニスト/楽譜蒐集家
5年間のベルギー留学が終わり、東京と千葉で約1年半の放浪の末にあることをきっかけにBlueMemeに入社。平日はITのことばかり、土日は音楽のことばかり考えています。

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