DX

顧客が本当に欲しいのはドリル?穴?S.ジョブズならどう語ったか?

リプリパ編集部

「顧客はドリルが欲しいのではなく、穴が欲しいのだ」。 

この言葉は、製品開発やマーケティングの現場でよく使われる比喩です。顧客の本当のニーズを理解しようという意図に基づくこの言葉は、一見すると納得できる便利なフレームワークにも見えます。

しかし、果たしてこの比喩は、変化が予測できない現代でも有効でしょうか?むしろ、思考停止を招く状態になっていないでしょうか?今回は、プロダクト設計やUX議論で頻出するフレーズを検証してDXについて考えます。

リープリーパーではこれまでも、C.ダーウィンの「適者生存」や、H.フォードの「より速い馬」などをテーマに取り上げました。今回も、「誰もが聞いたことがあるけれど、本当は誤解されている名言」を取り上げ、掘り下げていきます。これらも合わせてお読みください。

「人々が欲しいのはドリルではなく、穴だ」は本当か?

冒頭の一節は、「ユーザーは手段ではなく目的を求めている」というマーケティングの鉄則として、よく引用されている慣用句です。

とある人が、ドリルを欲しがっている。しかし、よく聞けば、その人はただ壁に穴を開けたいだけで、想像できる手段がドリルだったに過ぎない。穴を開けることができさえすれば、ドリルは必要ないかもしれない。つまり、その人が本当に必要としていたのは、ドリルではなく壁に開いた穴なのだ!

一般には、このような解釈です。ソーシャルメディアのタイムラインでも、「ユーザーが本当に食べたいのはドーナツではなく、穴である」のように、いろいろなバリエーションに改変されたミーム(流行語)として、たびたび目に触れます。

ドリルか?穴か?それだけでは足りないニーズ

この比喩は、1960年代に元ハーバード・ビジネス・スクールの名誉教授セオドア・レビット氏が『Marketing Myopia』の中で紹介したとされます。

▼Marketing Myopia
https://hbr.org/2004/07/marketing-myopia

原典での趣旨は次の通り:

“People don’t want to buy a quarter-inch drill. They want a quarter-inch hole.”

『人々は1/4インチのドリルを買いたいのではない。彼らは1/4インチの穴が欲しいのだ。』

しかし、「ドリルか?穴か?」という二択の問いは、ある重要な観点を欠いています。それは、「そもそも、なぜ穴を開けたいのか?」という動機の部分です。

例えば、壁に穴を開けることで棚を設置したいのか、あるいは配線を通すための加工なのか。その目的に応じて、ドリルは最適な手段だとは限らない可能性があります。強力な粘着フックやマグネットで代替できるかもしれません。場合によっては、無線化もあり得ます。

つまり、顧客の真のニーズとはドリルでも穴でもなく、「空間を有効活用したい」「美しく収納したい」「壁の向こうとこちらを接続したい」「穴を自分自身で開ける体験をしたい」など、もっと深層にあるニーズが重要です。

誤解しがちなポイントと正しい解釈

  • 人々が欲しいのは「満足できる結果」と「納得できるプロセス」の両方。「穴」だけでなく、「どうやって穴を開けるか」も重要なニーズになり得る。
  • 「本当にドリルが求められている」場合もあり、選択肢を安易に否定してしまうと、手段を革新する芽を摘む。
  • ドリルを通じて得られる体験(スピードや安全性、音や振動の少なさ・心地よさなど)もまた、選ばれる理由になり得る。
  • そもそもユーザーが「穴を開けたい」理由も多様で、目的の背後にはさらに上位の目的が存在する。そのためには、細かく丁寧な観察が必須。

スティーブ・ジョブズは顧客ニーズを軽視したのか?

では、イノベーションの代名詞ともいえるスティーブ・ジョブズ氏なら、この問いにどう答えたでしょうか?言わずと知れたAppleの創業者であり、パーソナルコンピューターと音楽プレーヤー、スマートフォンで何度も歴史を書き換えた時代のアイコン。数々ある彼の名言の一つは、「ユーザーに聞いても意味がない。イノベーターが導くべきだ」という主張の補強材料として、たびたび都合よく使われます。

「ドリルか?穴か?」論争にこそ、ジョブズ氏は直接は言及していません。しかし「人々は実物を見るまでは、それを欲しがらない」という趣旨で、重要なことを語っています。

“Some people say, ‘Give the customers what they want.’ But that’s not my approach. Our job is to figure out what they’re going to want before they do.”

『「顧客が望むものを与えよ」と言う人もいる。しかし、それは私のアプローチではない。私たちの仕事は、彼らが望むものを、彼らが望む前に見極めることだ。』

Steve Jobs: The Lost Interview (1995)*

▼Steve Jobs – The Lost Interview (11 May 2012)  YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=9m68auPIPRk

また、All Things Digitalカンファレンスでのスピーチでは、彼はこう述べています。

“It’s really hard to design products by focus groups. A lot of times, people don’t know what they want until you show it to them.”
“We do no market research. We just want to make great products.”

『フォーカスグループ(定性調査のための少人数組織)で製品を設計するのは本当に難しい。多くの場合、人々は実際に製品を見せられるまで、自分が何を求めているのか分からないものだ。』
『我々はマーケットリサーチをしない。ただ、素晴らしい製品を作りたいだけだ。』

これらの言葉はしばしば誤解され、「ジョブズは顧客の声を無視した」と解釈されがちです。しかし実際には、彼は顧客の「声」ではなく、その「行動」や「体験」に注目していたのです。

iPodやiPhoneは、それまでの既存の市場ニーズから生まれたわけではありません。SONYウォークマンやBlackberryという先行する成功事例があったとはいえ、「人々は音楽を持ち歩きたがっている」「使いづらい携帯電話がもっとシンプルで快適だったら」という、体験ベースの仮説が原点にありました。

ジョブズ氏の発想は、「ドリルか穴か」という二項対立を超えた、「そもそも何のために?」という、問い直しの思考にあったといえます。つまり、ジョブズ氏は「ユーザーを無視しろ」と言っていたのではなく、「ユーザーが気づいていないニーズを洞察することが重要である」と述べていたわけです。これは、観察と共感のプロセスを重視するデザイン思考に通じる姿勢でもあります。

誤解しがちなポイントと正しい解釈

  • ジョブズ氏の発言は、ユーザー中心設計を否定しているのではなく、「先回りする想像力」の重要性の示唆。
  • 実際に、Appleの哲学は「未来のユーザーが当たり前に使っているものを、今の技術を組み合わせて作る」ことだった。
  • マウスやiTunes(現ミュージック.app)など、Appleがゼロから開発したのではなく、新しい解釈で成功した製品も多い。
  • ユーザーは自分が欲しいものを知らないか、正確に言語化できない。時に、発言に矛盾した行動すら取る。だからこそ、注意深い観察と深い洞察の力が求められる。

何かの作業をかたづける方法を「雇う」ジョブ理論

さて、ジョブズに続いては、ジョブの話。

「ジョブ理論(Jobs to be Done, Jobs Theory)」について聞いたことはありますか?これは、ハーバード・ビジネス・スクールの教授だったクレイトン・クリステンセン氏らが提唱した考え方です。この理論では、人は「何かの作業(ジョブ)片づけるために、製品やサービスを雇用する」と考えます。

例えば、「棚を設置するフックを壁に差し込む」という「ジョブ」のために雇われるツールとして、ドリルは有効な手段の一つです。 しかし、「穴を開けずに棚を設置する」という別の手段があれば、ユーザーはそちらを選ぶ(=雇う)かもしれません。この視点は、「ドリルと穴のどちらが欲しいか?」を問うよりも、「ユーザーは何のためにその行動をしているのか?」を掘り下げる、より本質的なアプローチだといえます。

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名言や慣用句を鵜呑みにせず、コンテキストを理解しよう

誰もが忙しい現代。「ドリルではなく穴だ」「プロダクトではなく体験だ」「モノではなく意味だ」など、私たちはつい、物事をシンプルに説明・理解したくなります。ビジネスやマーケティングの現場では、印象的なフレーズによって勇気づけられたり、他者を説得できることもあるので、一概には否定できません。

しかし、こうした定番の名言や慣用句は本質を突く一方で、時に誤解を招きます。それは「新たな問いを解く」のではなく、「問いを固定化してしまう」「思考停止を促す」危うさも潜んでいるからです。

大切なのは、その言葉の背景にあるコンテキスト(前提や文脈)を理解し、自社の現場に即した形で解釈し直すことです。だからこそ、時にはこうした「名言」そのものを疑ってみることが、より良い問いやプロダクトを生むきっかけになります。

例えば、「空港の手荷物受取で、利用客の待機時間を短くしたい」というニーズがあるとします。この場合、ベルトコンベアーの稼働速度を上げたり、作業人員を増やしたり、預け入れ荷物を制限するといった直接的な方法も考えられます。しかしこれ以外に、県産品のアピールという別の課題も解決する斬新なアイデアによって、待ち時間を退屈させず、結果的に顧客満足度も向上させた例があります。

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https://matcha-jp.com/en/23785

プロダクト開発やマーケティングにおいて、例えば「ユーザーが速さを求めているから、UIを軽量化しよう」と判断することがあります。しかし、その速さは本当に技術的な反応速度でしょうか?もしかすると、ユーザーが感じている「遅さ」は、「待たされている」と感じるUI設計の問題かもしれません。あるいは、必要な情報に辿り着けない「認知負荷」かもしれません。

つまり、単純な要望をそのまま解釈せず、背後にある目的や感情を読み解く力が、マネージャーやリーダーには求められるのです。

DXとイノベーションの第一歩は「問いの立て直し」から

ジョブズ氏のカリスマ性は、「現実歪曲フィールド (reality distortion field)」と呼ばれていたのはよく知られるところ。疑い深く、冷静な人々の指摘を煙に巻き、目の前にいるオーディエンスをいつの間にかその気にさせる、特異な才能がありました。一見、マーケティングを否定的に捉えていたかのような前述の発言も含め、実は策士である彼の言動すべてが、極めてマーケティング的だったともいえます。

あなたのプロジェクトや組織では、どんな「ドリル」や「穴」、「手段」が語られているでしょうか? 現代は、穴の形状や位置、壁の材質、手法、道具、そして穴を開けるべきかどうかすら、すべてが常に変化しているような混沌とした状況です。何が一体正解なのかわかりません。意思決定のスピードと質を上げ、選択した結果を成功に近づけてアップデートし続けていくことは、アジャイルそのもの。「問いの立て直し」が、イノベーションの第一歩になるかもしれません。一歩になるかもしれません。


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