『ガウディとサグラダ・ファミリア展』で見た継続性と美の不思議
リープリーパー編集部があるBlueMeme社内には、ル・コルビュジエやルイス・バラガンなど、世界の著名な建築家にちなんで名付けられた会議室がいくつもあります。その一つの名前が「GAUDI」。
そして今ちょうど、編集部から歩いて10分ほどの場所にある東京国立近代美術館で、『ガウディとサグラダ・ファミリア展』が開催されています。先日、この展示会を訪れたので、この著名な建築家の哲学について簡単に紹介します。100点を超える模型や写真、建築図面、彫刻、工芸品、映像が展示され、時代や様式を凌駕する革新的な世界が展開されていました。キーワードや彼の考え方を辿っていくと、現代のマネージャーやエンジニア、もの作りに携わる人へのヒントに溢れていました。
2023年9月10日(日)まで東京国立近代美術館 以後、滋賀と愛知へ巡回
革命的建築家が作った違法建築が世界遺産に
アントニ・ガウディ(Antoni Gaudí 1852-1926)は、世界に多大な影響を残した歴史的建築家です。バルセロナを中心に活動した彼の代表的な建築物群である、サグラダ・ファミリア(聖家族教会)、グエル公園、カサ・ミラなどはユネスコの世界遺産に登録されています。
特に、サグラダ・ファミリアは、日本でも書籍や写真集、広告物などを通じて広く知られています。彫刻家の外尾悦郎氏が主任彫刻家を務めています。当初、ガウディ没後100年にあたる2026年に完成が予定されていました。しかし、新型コロナウイルスの影響もあり、完成は延期されることが確実視されています。
サグラダ・ファミリアの建設は1882年3月19日に開始されたものの、実は、地元議会から正式な建築許可を得ることはないままの見切り発車でした。つまり、違法建築としてのスタートだったのです。ちなみに、ガウディは2代目の建築家。
一旦は、建築許可が下りたものの、2018年、建築許可証の更新手続きに不備があったことが発覚しました。適切な建築許可がないまま137年間にわたって建築を続けたことで、3,600万ユーロ(日本円で約56億1,500万円 2023年8月初旬時点)もの罰金を市に支払うことで合意しました。翌2019年、同教会はようやく建築許可を取得したものの、その費用は460万ユーロ(約7億1,700万円)で、バルセロナの近代史上最も高額な許可となりました。
ガウディ建築の神秘的な魅力の秘密とは?
生物的・未来的・非西洋的…何と表現したらいいか戸惑うようなガウディ建築の造形は、他の何にも似ていない圧倒的な魅力に溢れています。そのエッセンスに触れてみましょう。
チャレンジする革新的なマインド
ガウディは、革新的な素材の使い方と、構造的なテクニックを積極的に試したことで知られています。例えば、サグラダ・ファミリアでは、より高い安定性とほっそりとした調和の効果を得るために、二重にひねった形で枝分かれした樹木のような柱をデザインしました。
作品の源泉としての信仰と精神性
自然界や精神世界とつながることの重要性を信じていたガウディの哲学は、デザインに深く根付いています。サグラダ・ファミリアには、イエス・キリストの誕生、受難、栄光それぞれを象徴するファサード(面)など、随所に聖書のイメージやモチーフが取り入れられています。
自然の造形を取り入れた有機的設計
ガウディの建築には、直角や直線、水平がほとんど見られないのが特徴です。彼は、自然は神によって創造されたものであり、本来完璧なものだと信じていました。自然からインスピレーションを得て、有機的な形態や構造を設計に取り入れていました。これは彼が遺した『人間は創造しない。人間は発見し、その発見から出発する』という言葉にも象徴されています。
装飾美と機能性の統合
ガウディのデザインでは、装飾と機能性がシームレスに統合されています。彼は、建物のあらゆる要素が目的を果たすべきであり、全体的な美観に貢献すべきであると考えていました。このことは複雑で精巧な細部に見られ、小さな部品でさえも魅力的かつ実用的に設計されています。これは、次の幾何学の応用にも通じています。
「逆さ吊り実験」による構造解析
展示会で特徴的だったのが、精緻な図面があまり展示されていなかったこと。興味深いことに、初期の一部の建築では、図面ですらなく文章で思想が綴られていました。それもそのはずで、彼は明確な設計図より立体模型を好んでいたからです。サグラダ・ファミリアでは、ワイヤーで作った構造体を天地逆にした状態で作り上げていく、「逆さ吊り実験」による3D構造解析が導入されています(シャンデリアのような形状は、量子コンピューターのよう!)。重力という自然の法則に従った構造物は、模型であっても独特の美しさを見せていました。
解決されるべきさまざまな課題
サグラダ・ファミリアの完成およびその将来には、まだまだ難題があります。これらについても見ておきましょう。
神聖な宗教的使命とガウディのビジョン
サグラダ・ファミリアの完成は、ガウディのビジョンと哲学を尊重すべきだとされています。これは、彼が当初設計した時と一致する材料と技法を使い、バシリカ(basilica 特権を持つ教会堂)の文化的・歴史的意義を保存することによって、達成できると言われています。しかし、多くの資料が内戦で焼失し、ガウディ亡き後は彼の口伝や模型、スケッチを手掛かりに推測や解釈せざるを得ません。意見調整にも膨大な時間と手間が掛かっています。
建設費と維持費という永遠の難題
興味深かった展示は、スペイン内戦や直近の新型コロナウイルスだけではなく、資金調達が常に阻害要因であったことを示すグラフでした。建設費は公共事業としての税金ではなく、宗教施設としての寄進(喜捨)や寄付―つまり、特定コミュニティーを対象としたクラウドファンディングです。スペインの経済成長や観光人気もあり、入場料収入も増えてはいます。しかし、工期が長期にわたっているため、維持管理や修理費用も賄う必要があります。
オーバーツーリズムへの対応
コロナ禍以前から世界各地の観光地で大きな問題となっていたのが、オーバーツーリズムです。大量に押し寄せる観光客によって、交通渋滞や騒音、環境破壊、ゴミ処理など、地域住民の生活が支障を来しています。日本でも、京都に限らず、アニメやマンガの聖地巡礼がたびたび問題になっています。アフターコロナに際して、入場人数の制限や、自治体や住民、交通機関などとの合意形成、地域インフラへの投資など具体策が急務です。
立ち退きを迫られる地域住民
実は、完成には最大で1万5,000人の住民が立ち退き対象になることから、計画は紛糾しています。サグラダ・ファミリアは、バシリカとしての宗教的使命を持ち、後世に残すべき重要な文化的・歴史的ランドマーク。地元住民のニーズとのバランスを取って落としどころを探り、最善の解決策が模索されています。
「未完の聖堂」と新しいテクノロジー
会場では、NHKがドローンで撮影した精密な4Kビデオが上映されていました。普段、一般の観光客は見られないディテールや、関係者であってもなかなか見られないはずのアングルが捉えられ、思わず見入ってしまいました。これも新しいテクノロジーの恩恵です。 当初は、300年掛かると想定された「未完の聖堂」も、CAD(コンピューターによる建築デザイン)や鉄筋コンクリート、石材加工カッターなど、新しい技術や素材の導入によって、工期が約半分に短縮されると予想されています。完成予想の3Dアニメーションを見れば、如何に壮大な一大プロジェクトかがわかります。
ただし、新しいテクノロジーを導入する是非や、ガウディが遺した言葉『この聖堂を完成したいとは思わない。このような作品は、長い時代の産物であるべきで、長ければ長いほどいいのだ』との矛盾は、議論の対象となっています。
リープリーパーでは、設計という観点から、建築物の話題も取り上げています。さまざまな人々や技術が交錯する中で、全体の調和やオリジナルデザインを尊重しつつ、効率的かつ正確に成果物を完成させる思考は、学ぶべき点が多くあります。
ガウディの哲学と作品もまた、ITやビジネス分野にも貴重なインスピレーションを与えてくれます。伝統的な規範にブレイクスルーをもたらし、クリエイティビティーの新たな可能性を追求する。より効率的で美的センスに優れた、持続可能な製品やサービスを生み出す。土地や時代のステークホルダーとの良好な関係を築き、他に無い価値を提供する。このアプローチは、企業における自社のミッションや、製品やサービスのコンセプトにも通じるものがあります。
都内と中部地区のお近くの方で興味がある皆さんには、この機会に『ガウディとサグラダ・ファミリア展』へ足を運んでみることをオススメします。