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カルチャー

美しい譜面へのこだわりと、Finaleへの愛と苦悩―江崎昭汰さん4

リプリパ編集部

楽譜をキレイに仕上げる浄書(じょうしょ)という作業は、英語では music engraving と表現されるようです。grave とは墓や墓石のことで、engrave は刻み込むこと。つまり、単なる見た目の美しさよりも、作者の情熱を刻み込む行為だと言えます。そんな、ピアニストであり音楽出版を手掛ける、BlueMemeのビジネスアーキテクト江崎さんに、引き続き話を聞いています。情熱が溢れるが故に、道具としてのFinaleには厳しい匠の世界でした。

前回の記事もぜひご覧ください。

楽譜用としてスタンダードな3つのソフトウェア、だが…

― 楽譜には、やっぱり専用のソフトウェアがあるんですよね?

江崎:はい。幅広いユーザーに使われている楽譜ソフトは、Finale(フィナーレ)とSibelius(シベリウス)、Dorico(ドリコ)などがあります。

私は、Finaleを愛用しています。Finaleは、とりあえず頭の中に描いた譜面を一通り作ることができます。もちろん図形楽譜は別ですが…。ただ、Finaleは昔からバグが多いです。新しいバージョンが出ても肝心なバグが修正されていなかったり。バグとお友達になってはじめて、Finaleが使いこなせると言えると勝手に思ってます。あと、時々Finaleでは実現できないこともあるので、その時はAdobe Illustratorを使用しています。

Sibeliusは、以前はFinaleと共に楽譜浄書ソフトの二大巨頭でした。もちろん一般的な楽譜を作る分には困らないのですが、個人的にUIや譜面のデフォルトのデザインが私にはしっくり来なかったので、Sibeliusを使うには至りませんでした。

近年になって、Doricoという新しい楽譜浄書ソフトが登場しました。凄く高性能なんですけど、これも私にとっては操作しにくかったです。慣れればいいんでしょうけど、Doricoの体験版を触ってみたとき、大量のパラメーターとボタンを目にしました。例えると、いきなりジャンボジェットのコックピットに座らされて「さあ!初心者だろうけど、運転してみて!」と言われたような気がしました。それなりに自由度が高いということなんでしょうけど、Finaleのようにとりあえず、ハンドルとアクセル、ブレーキが付いているという気軽さを感じることができませんでした。ただ、Doricoで作成された楽譜は本当に美しいです。Doricoに移りたいと何度も心が揺れたことがありました。

― ヘビーユーザーならではの詳細かつ厳しいご意見、頂戴いたしました(笑)。

江崎:それぞれを乗り物に例えるなら、Finaleは普段使いできる車ですかね。日常生活や旅行にも行ける。ただし、Illustratorという安全装置が必須のオプション。SibeliusもFinaleとほぼ立ち位置だと思います。Doricoは、飛行機。スーパーマーケットに買い出しに行くのには使わない(笑)。

ホワイトボードで、楽譜専用のソフトウェアFinaleとSibelius、Doricoそれぞれの特徴を説明
江崎先生による熱いプレゼンを経て、Finale公式サポートへの技術リクエスト大会に。

愛してるからこその、当然の高いさまざまな要求も

― じゃあ、Finaleはずっと使ってきたんですね。

江崎:大学1年生の頃に、4万円くらいで買ったのかな。それ以来、かれこれ15年くらい、バージョンアップしながら使ってます。Finaleを使ってバイトもしてました。友達に声楽科のヤツがいたんですが、時々『調(キー)を変えたい』っていうニーズがあるんです。一曲1,000円とかでお小遣い稼ぎしてましたね。

― でも、あちこち満足できなくなってきた、と。

江崎:そうなんです。ある程度使い込んでいくと、Finaleの標準機能だけじゃ、私が思い描いている楽譜を完璧には再現できないことがわかってきました。そこで、アウトプットした楽譜のPDFファイルを、グラフィックソフトウェアのIllustratorで微調整するわけです。

― クラシック音楽好きな人には、プラグインやマクロのニーズとかありそう。

江崎:私はそこまでやってないんで手作業でやってますが、いろんなこだわりポイントがあるんです。例えば、楽譜には五線があるじゃないですか。Finaleで1段にたくさんの小節を入れてしまうと、スペースの都合上、音符の加線が繋がってしまいます。自動的に繋がりを避ける設定もあるんですが、それをオンにしておくと、今度はここのタマ(音符)とタマの距離に不揃いになります。

加線がつながってしまっている譜面
加線がつながってしまっている譜面

音符の間の距離はちゃんと等しくなる必要があるので、こういうのはIllustratorで切り離して調整します。1ページあたりオブジェクトを50~60個ほど配置して、繋がってしまった加線を手動でカットするわけです。通称「加線切り」です。

Illustratorで「加線切り」
Illustratorで「加線切り」

― なるほど。力業でも何とかしたくなるのは分かる気がします。

江崎:あとは、スラーっていう、音程が違う2つ以上の音符を滑らかに演奏する時の記号があります。特徴的に長いスラーを表示するとき、Finaleのスラーってこうなるんですけど、私はこの格好悪い角度が凄く嫌で。なので、こういう記号をIllustratorで描いたりしてます。

Finaleで無理やり作ったスラー
Finaleで無理やり作ったスラー
Illustratorで描いたスラー
Illustratorで描いたスラー

― 微妙な違いが違和感になるヤツだ。

江崎:もう一ついいですか?

― Finaleのサポートチームの皆さーん、聞こえてますかーっ(笑)!?

江崎:ピアノでこういう小節線っていうのがあって、1小節2小節って分かれてるんですけどね。一般的な曲はちゃんと全部揃ってるんですけど、時々、曲によっては作曲家の意図により微妙にズレることがあるんですよ。こういうイレギュラーな譜面の場合は、Finaleだけで作るのは一苦労です。こういうのもIllustratorで修正しています。 

ズレている小節線
ズレた小説線:バルトークの”ルーマニアのクリスマスの歌』より(出版:Universal Edition)

― もう、この記事のURLをサポートに送りましょう(笑)!というか、江崎さんなら当然、バグレポートやコミュニティーへの投稿とか、これ以上のことをとっくにやってるか。じゃ、Finaleのエンジニアの皆さんに熱いエールも送っときますか。

「音が聞こえてくるような」楽譜の美しさへのこだわり

― 製本は、マルチプレーヤーである同僚の細谷さんがやっているという話でした。浄書は全部、江崎さんがやってるんですか?

江崎:最近、楽譜の打ち込みは外注していて、ある程度のところまでは外注先の視点でやってもらっています。そして、上がってきた譜面を私が読み込んで最終調整するという形で、作業を効率化しています。Finaleで十分なところはそのままに、Illustratorで補完できるところは補完して、最低限美しいと思えるそれなりのレベルに、短期間で仕上げるようにしています。

― 江崎さんのディテールへのこだわりがピッタリとフィットする人も居れば、やっぱりどうしても合わない人・理解できない人もいたりするんですかね?

江崎:そうですね。いろんな楽譜を買い集めては研究していますが、それぞれ特徴があって、中には私よりもこだわりを持ってる人たちもいます。楽譜内に存在するオブジェクトのスペーシングのルールなど、考えれば考えるほど泥沼化してしまいます。あと浄書にも「流派」がいくつかあったりと、本当に奥が深いです。ビジネスとして楽譜浄書をやっていないのなら、とことん詰めていきたいですが、1曲に掛けられる浄書時間にも限界がありますから、どこかで妥協しないといけません。妥協をした折衷案を、ミューズ・プレスで出版した楽譜から垣間見ることができます。

― 私から見たら江崎さんだって、十分に暇を通り越した細かさがあると思いますよ(笑)。でも、どんな分野でも、極端な原理主義者は手に負えませんし、リソースを無限に投入できる素人はある意味、無敵です。

江崎:とにかく、ビジネスとしては一定の数を出さないといけないから、どこかで妥協しないといけないところがある訳です。細かいところにまで拘ってたら、大量の譜面なんて作れませんから。

― ちなみに、参考にしているデザインだとか、古くても凄く綺麗な譜面もあるんですか?

江崎:私が凄く好きな、Richault(リショー)という19世紀のフランスの出版社があるんです。ミューズ・プレスの楽譜は、この出版社の楽譜デザインを参考にするぐらい、美しくて大好きなんですよ。この会社の楽譜はとても正確です。300ページの曲でも誤植が1個もありません。

Richault社が出版した美しい楽譜
Richault社が出版した美しい楽譜

― 楽譜にも、文章と同じように誤植(誤字)という考え方があるんですね。当然と言えば当然か。

江崎:この出版社の楽譜はどれも、五線の描き方や音符の太さ、音符をつないで楽譜を読みやすくする連桁(れんこう)の太さや向き、カーブの傾斜がなだらかなところ、記号の太さや角度、配置のバランスなど、すべてが美しいと感じます。

― しかし、そこまで楽譜の美しさにこだわるのって、どうしてなんですか?

江崎:よく聞かれるんですが、楽譜を開いたとき楽譜のデザインが汚かったら、演奏のモチベーションも下がってしまうじゃないですか!例えば、楽譜を開いたときに音符がぶつかっているとか、譜読みへのストレスにもつながってきます。よくある嫌な楽譜は、音符の間の距離が不揃いであることから音楽的なリズムと、視覚的な感覚が合わない、そんなことが起こってしまいます。

― 確かに、内面の美しさは、外にも出てていいはず。

江崎:曲の中で、メロディーの間を急速に上ったり下りたりする音符の連続を、音楽用語で「パッセージ」って言うんです。譜面に音符がキレイに配置されたパッセージからは、視覚的に速い動きが見えて、どこからともなく音が聞こえてきます。音符が生きて見えるって感じですかね。楽譜を通して音になり生まれてくるものは当然ありますが、譜面自体も何かを物語ります。なので、このRichault社の楽譜はリスペクトして、いつも参考にしてます。凄く綺麗な楽譜だったら見る側も気持ちいいし、場合によっては、ひとつのアート作品として成立するでしょう。楽譜にはいろいろな楽しみ方があります。

シャルル・ヴァランタン=アルカンの「風」の中間部部分
シャルル・ヴァランタン=アルカンの「風」の中間部部分


そういえば、知人の音楽関係者たちは、一様にビジュアルへのこだわりが強かった人が多かったように思います。聴覚か視覚かの違いはあっても、クリエイティブとして重要なアウトプットという意味では、同じ美的センスを持っていたのかもしれません。

次回は、いよいよ最終回。芸術の女神ミューズに導かれたミッションとは?


「IMAGINARC 想像力の音楽」の開演が近づいてきました。BlueMemeのビジネスアーキテクト江崎さんは、イニシエーター/プロジェクト・マネージャーを務めるだけでなく、ピアニストとして参加します。ゲームやアニメ、映画等のさまざまな音楽を主に2台のピアノのために編曲し、5つのテーマのもとに集めた、ちょっと特徴的な演奏会です。小説家も参加して、新作短編を書き下ろします。仙台から福岡、熊本、そして東京へと巡ります。チケットは今すぐGET!

この記事でインタビューをした方

えざき しょうた 
ビジネス・アーキテクト/ピアニスト/楽譜蒐集家
5年間のベルギー留学が終わり、東京と千葉で約1年半の放浪の末にあることをきっかけにBlueMemeに入社。平日はITのことばかり、土日は音楽のことばかり考えています。

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リープリーパー(略称:リプリパ)編集部です。新しいミライへと飛躍する人たちのためのメディアを作るために、活動しています。ご意見・ご感想など、お気軽にお寄せください。
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