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演奏は許可制!奇人作曲家ソラブジが目指した世界—江崎昭汰さん5

リプリパ編集部

ピアニスト兼BlueMemeのビジネスアーキテクト(BA)の江崎さんによる、楽譜として残っていない・残らなかった音楽という興味深いトーク。今回は、「別に、誰かに演奏してほしくて楽譜を残したわけじゃない」ピアニストの話から。

奇人ピアニストによる超大作は、流石に浄書を諦めた

― 物によっては、入手する譜面が手書きだったりもするんですか?読み取りにくそうですけど。

江崎:ありますよ。ところで手書きと言えば、イギリス人のカイホスルー・シャプルジ・ソラブジという作曲家がいます。彼の代表作は、『オーパス・クラヴィチェンバリスティクム』と言われるピアノ曲で、演奏には約4時間かかります。

江崎さんが所蔵している『オーパス・クラヴィチェンバリスティクム』の出版譜
江崎さんが所蔵している『オーパス・クラヴィチェンバリスティクム』の出版譜

江崎:他には演奏時間が10時間ほど掛かる、ピアノのために書かれた『100の超絶技巧練習曲』(100 Transcendental Studies)と言われる曲もあったりします。ソラブジは、とにかく誰かによって演奏されることを想定していない作品を、数多く生み出しました。ちなみに、『100の超絶技巧練習曲』はスウェーデンのピアニストであるフレドリク・ウーレンが、数年かけて全100曲をCDに収めました。

Fredrik Ullén completes Sorabji’s 100 Transcendental Studies

他人に演奏されなくていい作曲家 vs 根性で演奏するピアニスト!

江崎:また、ソラブジの自筆譜はとにかく読みにくいことで有名ですが、彼の熱狂的なファンたちがこぞって彼の自筆譜をボランティアで浄書しています。それらの楽譜はSorabji Archiveから購入可能です。

私も、数年前まで彼の熱狂的なファンで、彼の作品の中で、300ページくらいある彼のピアノ曲の自筆譜を浄書するプロジェクトをやってました。でも、3年ほどやっても50ページしか進まず、同時にプライベートが忙しくなってしまい、道半ばで悔しいですが、途中で浄書を諦めてしまいました。なぜ楽譜を浄書しているのか、自分でも分からなくなってしまったんです。

eBayで買い漁ったソラブジの書簡
ソラブジが大好き過ぎて、一時期は彼の書簡を海外のオークションで買い漁る

― ガウディのサグラダ・ファミリアについての記事なら、以前書きましたよ(笑)。

江崎:そう!まさにそんなレベルです。ソラブジの作品が持つ特異な雰囲気に包まれた、ミステリアスな世界観に惹かれていました。この300ページにも上る作品を演奏したいなと願いながら浄書してたんですけど、遂に叶いませんでした。

― 教会つながりで、本当に修行僧みたいですね。

江崎:ソラブジの楽譜は自宅にいくつかありますけど、これが凄くて824ページあるリング製本された楽譜は圧巻ですよ。私が中学生の頃、イギリスのSorabji Archiveに英語でメールを書いて、PayPalで送金して購入しました。当時は、PDF版は存在しなかったので全て印刷された紙の楽譜を国際郵送で受け取ったんです。あの分厚い小包を受け取り、開封するときの興奮とワクワク感、今でも忘れられません。確か、その時に購入した楽譜も長い曲でした。

演奏されなくても構わない曲は、ライブ演奏も過酷!

― でも、そんなに長い曲って、ライブで演奏される機会なんてあるんですか?

江崎:ソラブジは凄く特殊な人で、あるとき、彼の作品が第三者によって、意図しない解釈で不本意な演奏をされました。作品に対する理解と解釈が誤った方向へと向かってしまうことを恐れたソラブジは、自身の作品の演奏を許可制にしました。誰もが自分が生み出した作品に愛着があるものだと思いますし、彼の決断はとても理解できます。また、さっき言ったように、彼の自筆譜が非常に難読であったことも、演奏の機会に恵まれなかったひとつの要因かもしれません。

― 今度は、同一性の厳格な維持 vs 解釈に幅を持たせた流布の構図。

江崎:はい。ただ、後にチャイコフスキー・コンクールでも優勝実績のある、ピアニストのジョン・オグドンが『オーパス・クラヴィチェンバリスティクム』を演奏しました。その後は、オランダのピアニストであるダグラス・マッジが同曲を演奏したり、徐々にソラブジの作品の演奏許可が緩くなっていきます。また、熱狂的な有志によって浄書された楽譜も、徐々にSorabji Archiveから入手可能になり、さまざまなピアニストによって演奏される機会に恵まれるようになりました。
余談ですが、ソラブジのピアノのための作品である『ピアノ交響曲第5番「Symphonia Claviensis」』の演奏会がオランダであって、私は友人二人と一緒にその演奏会に足を運びました。約5時間の演奏会で、50人くらい入れるホールに、お客さんは自分たちを入れて15人ぐらい。結局、最後まで残ったのが確か8人でした。

― 耐久レース感があり過ぎ(笑)。

江崎:他にも、ソラブジの『オーパス・クラヴィチェンバリスティクム』を、何年か前に日本で初めて演奏した人がいたんでけど、ホールの閉館までに演奏が終わり切れなかったんです。

―ジョークみたいな話(笑)。でも、逆算してなかったんですかね?そもそも、独りで演奏するんですか?

江崎:はい、演奏は独りですが、途中に休憩は入ります。ただ、あまりにも長い曲は、リハーサルとかそんな簡単にできないんですよ。実際に演奏してみて、初めていろいろ問題がわかる訳です。

― 演奏のウォーターフォールとも言えそう(笑)。

江崎:ソラブジが書いた合唱、オルガンとオーケストラのための『交響曲「ジャミ」』という曲は、4~5時間ほどあって、まだライブで演奏されたことがありません。もちろん、演奏するには莫大な資金が必要でしょう。ソラブジの熱狂的なファンがその作品を音で聴きたいと願い、それを何と、MIDIに打ち込んだ人がいて、歴史上初めて音になったんです。

Symphony No 2 ‘Jami’ Complete Symphony Kaikhosru Sorabji – YouTube

― 何だか、SF的というか宇宙的な曲ですね、A.タルコフスキーの映画にでも使われてそう。絶対に途中で寝ちゃいそうな…。

江崎:でしょう?一度入ったら抜けられなさそうな世界が、そこにはあります。ちなみに、彼の『交響曲「ジャミ」』を含めたソラブジのオーケストラ作品をMIDI化している、非常にマニアックなWebサイトがありますよ。

― 確かに、内面世界にインナートリップしそう。

江崎:そうですね。ソラブジにとっては、他人に見せたい・聞かせたい、弾いてほしいという、第三者に向けた欲求は、ほとんど存在しなかったのかもしれません。それくらい、自分の世界の中だけで完結した純粋な創作意欲の中で、作品を生み出していたのでしょう。そんな世界でないと生まれることがなかった作品を、今、私たちがこうやって聴くことができる、それだけでも奇跡です。


全ての作品が、必ずしも他者の手によって再現・再演されることを前提としていない。だから、記録にも残されない。

多メディア・多チャンネルを通じた、オーディエンスとのインタラクションにより、時に改変や拡張も認めることで拡散する現代とは、全く相容れないスタンスが新鮮でした。これを単純に、古い考え方だと片付けていいものでしょうか。ぜひ、感想やご意見をコメント欄やフォーム、ソーシャルメディアなどでお聞かせください。


ソラブジとは違う意味での奇跡の音楽コンサートが「IMAGINARC 想像力の音楽」!ゲームやアニメ、映画等のさまざまな音楽を主に2台のピアノのために編曲し、5つのテーマのもとに集めた演奏会です。各テーマに寄せて5人の作曲家が5つの新曲を、そして11人の小説家が全15篇の新作短編を書き下ろします。仙台から福岡、熊本、そして東京へと巡ります。チケット好評販売中!

この記事でインタビューをした方

えざき しょうた 
ビジネス・アーキテクト/ピアニスト/楽譜蒐集家
5年間のベルギー留学が終わり、東京と千葉で約1年半の放浪の末にあることをきっかけにBlueMemeに入社。平日はITのことばかり、土日は音楽のことばかり考えています。

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