VUCAからBANIへ—不確実で予測不能な変化の新概念がなぜ必要か?
先行きが不透明で変化が激しい現代を象徴する概念として、VUCA(ヴーカ)という言葉が使われて久しい現代。マーケティングやブランディングの文脈でも使われるフレームワークの一つとして、日本でも広く紹介されてきました。数年前からは、VUCAに代わる新しい概念としてBANI(バニ)という言葉を見聞きする機会も増えました。
一見、「単なる看板の掛け替えに過ぎず、コンサルタントが使いたがっているだけではないか?」と、懐疑的に受け取られるかもしれません。しかし、その背景と概要を知ると、アップデートが必要な理由に納得させられます。また、私たちがすべき具体的なアクションも見えてきます。
冷戦後からビジネスへと拡がったVUCA
VUCAという概念は、1980年代後半にアメリカ陸軍士官学校で、冷戦後の不安定な国際情勢を説明するために提唱されました。急速に変化する環境におけるリーダーシップや戦略の重要性を強調するために使われ、1990年代にビジネス分野を中心に一気に広まりました。
VUCA(Volatility/Uncertainty/Complexity/Ambiguity)
変動性(Volatility)
変化の予測が難しい環境では、計画どおりには進行しない課題に頻繁に直面します。そのため、常に緊急性と重要性で判断することが迫られます。
不確実性(Uncertainty)
変わりやすいということは、正確な予測や厳密な設計は不可能だということです。内部要因をどんなに統制しても、外部要因は制御しきれません。
複雑性(Complexity)
現代の仕組みは非常に複雑かつ緻密。膨大な情報を入手できても、迅速に処理できるとは限りません。正確に予測するための処理は、ますます困難になっています。
曖昧性(Ambiguity)
正確さや透明性を確保しようとするほど、誤解や混乱を生む短絡的な言い切りはできません。皮肉にも、これが利害対立やエンゲージメント低下にもなります。
もはやVUCAでは示せない変化を示すBANI
一方、BANIという用語は、VUCAの次の段階を示す概念として提唱され、複雑で予測不可能な現代の状況を、より的確に表現するために使われるようになりました。特に、デジタル化やグローバル化が進む中で、組織や個人が直面する新たな課題を反映しています。
BANIは、変化する環境に対する理解をより深め、適応するための新たな視点を提供する概念として、以下の4つの要素から成り立っています(4つの項目がVUCAは名詞だったのと違い、BANIでは形容詞である点にも注意)。
BANI(Brittle/Anxious/Non-linear/Incomprehensible)
脆弱性がある(Brittle)
世の中を激変させるパンデミックや20世紀型の戦争、激しい気候変動などによって、世界は実は非常に脆いことが露呈しました。グローバリズムとIT化による相互のつながりは、ある小さな部分が機能不全を起こしただけで、より広い範囲が機能不全に陥ってしまうことも示しました。そして、最も脆弱だったのは人間です。
不安な(Anxious)
常に監視され、ログの数値で評価される世界では、1つのクリック、1秒の行動が成否を分けます。しかし、堅牢でセキュアなはずのシステムも実は脆弱なことがあり、個人や企業の情報は、常に漏洩のリスクに晒されています。また、FOMO(fear of missing out)とは、ソーシャルメディアで指摘される「見逃し不安」。見えてもらえないのも、ネガティブな反応をされるのも、他者と比較されて落ち込むのも、すべてが不安要因です。
非線形の(Non-linear)
予測不能な世界では、過去の常識や前例踏襲、入念な計画、地道な努力が成果につながるとは限らず、変化は直線的には起きません。戦略的な施策は重要ですが、状況に適応した細かなモニタリングが不可欠です。ささいなきっかけを境にポジティブな結果が出て大きく飛躍することもあれば、小さなミスが壊滅的な結果をもたらすこともあります。継続する・しないの見極めは、非常に難しくなっています。
理解不能な(Incomprehensible)
正解を検索しても、それは過去の・他社の事例に過ぎません。ソーシャルメディアで、何か一つの意見に対してYES/NOのどちらをフォローしても、その選択に沿った心地よい情報がタイムラインに流れてきて、エコーチェンバーやフィルターバブルを強化するだけ。コンテンツのコスパ・タイパばかりが重視されますが、現実はそれほどシンプルではありません。複雑なコンテキスト(文脈)を理解することは、ますます不可能になっています。
なぜBANIという新概念が必要になったのか?
では、なぜBANIという新しい概念が必要になったのでしょうか?VUCAでは不十分な理由とは?
BANIを提唱したのは、カリフォルニア大学教授で歴史学者、研究者、未来研究所のメンバーであるジャマイス・カシオ氏です。彼は、2020年4月にMediumに発表した”Facing the Age of Chaos(カオスの時代に直面して)”という記事の中で、BANIという頭字語から成る用語を作り出しました。
カシオ氏は、私たちはすでに、変わりやすく不透明で、予測不可能なことが当たり前の世界に、完全に包囲されている現実を示しました。VUCAでは、もはや単にデフォルトの状態を描写しているに過ぎず、物事を理解したり、将来のシナリオを把握するのに十分ではなく、時代遅れになったと指摘したのです。
彼がBANIを提唱した前後には、新型コロナウイルスのパンデミック、地政学的な緊張、生成AIを始めとするテクノロジーの急速な進化といった、さまざまな出来事がありました。当然、アメリカ大統領選挙も、大きな懸念材料の一つ。
実際に、テクノロジーや社会、環境、政治など、VUCAよりもさらに不安定で曖昧な変化とカオスが巻き起こる現実が、BANIを裏付けています。欧米のアナリストやコンサルタントの間で急速に広まった結果、現在に至っているわけです。
次に何が起きるかわからないこのカオスな世界では、仕事でも個人レベルでも、長期的な計画や戦略が必ずしも意味をなしません。変化が避けられない以上、柔軟性が堅牢さをも意味します。意志決定のスピードが、組織の生殺与奪を握っている事実はさらに強化され、データが不可欠な一方で、動物的ともいえる直感がさらに重要性を増していくでしょう。
ここ「リープリーパー」は、リープフロッグ(かえる飛び)をヒントに名付けられました。テクノロジーの進化は、線形ではなく、ある点を境に飛躍的にジャンプします。BANI時代の信頼できる情報ソースとして、ぜひリープリーパーをフォローしてお役立てください。
さて、不確実さがより増して変化が激しくなったとして、諦めや不安ではなく、私たちにできる具体的かつ建設的なことはあるのでしょうか?次回はそこを深掘りしてみましょう。