計画と準備してPDCA回して…時間を掛けるほど失敗確率が上がる理由
変化が激しいビジネス環境では、迅速な意志決定と行動が「新たな通貨」となっています。『意思決定の遅さが、ソフトウェア開発プロジェクトの失敗や課題の根本的な原因である』という、「意思決定遅延理論」と呼ばれる考え方については、リープリーパーでは以前紹介しました。これは、ボストンのIT関連の調査組織The Standish Group(以下、SGと表記)が提唱している理論です。今回もこのテーマに改めて光を当て、効果的にビジネスを進める方法について考えてみます。
BANI時代の意思決定の遅さが、決定的なリスクになる理由
現代社会を表すキーワードの一つが、BANI(バニ)です。脆弱性がある(Brittle)、不安な(Anxious)、非線形の(Non-linear)、理解不能な(Incomprehensible)、を意味する単語からなる概念です。従来、VUCA(ヴーカ)という概念で示されていた変動性/不確実性/複雑性/曖昧性が常態化した後の、世界の現状を示しています。今日、スピードは究極の差別化要因となり、時間を掛けた遅い意思決定は最も大きなリスク要因となっています。変化の激流が渦巻く情勢の中で、時代遅れの意思決定モデルにしがみつく企業は、簡単に一掃される危険性があります。
機会を損失してしまう
テクノロジーのトレンドやユーザーの関心は、想像以上のスピードで変わっています。やっと追いついたはずが、すでに古くなっているというのはよくある話。意思決定に時間が掛かりすぎると、新しいマーケットを開拓したり、製品やサービスをリリースする機会を逃す可能性があります。
いろいろなコストが増える
プロジェクトが遅れれば遅れるほど、コストは増大していきます。単純に人件費が増えるだけでなく、仕様変更や追加があれば、設計・開発・運用・保守・販売など、全体に影響します。メンバーが代わったり増えれば、意思疎通というコミュニケーションコストも無視できません。
メンバーの士気が低下する
『指示されればやる、されなければやらない』…メンバーが常に決定を待つ「指示待ち」の状態で停止すると、チーム全体の士気や生産性が損なわれます。意志決定はスピードと精度のトレードオフなので、拙速な判断を批判される環境では、誰も意志決定したがるはずがありません。
そもそも、プロジェクトの成功や失敗とは何か?
SGのレポートによる、プロジェクトの成功や失敗の定義も、非常に興味深い内容です。プロジェクトの失敗とは、キャンセルされたか、ソリューションが実装されなかったことを意味しています。一方で、プロジェクトの成功を判別する要素をSGでは2015年に拡張し、時間(スケジュール)や予算、スコープ(範囲)だけではなく、達成された目標や提供できた価値、顧客満足(CS)を含めています。
プロジェクトの成功を判別する要素
- 時間(スケジュール)
- 予算
- スコープ(範囲)
- 目標
- 価値
- ユーザー満足(CS)
プロジェクトを成功に導く要因の1/4は、迅速な意志決定
プロジェクトが成功する要因は、ポイントとして分析されています。有能なメンバーを揃えたり、プロジェクトの範囲を限定すること以上に最も重要なことが迅速な意志決定で、実に25%を占めています。
プロジェクト成功の要因とポイント分析
成功の要因 | ポイント | 投資 |
迅速な意志決定 | 25 | 25% |
スコープの最小化 | 14 | 15% |
プロジェクトの責任者 | 14 | 15% |
アジャイルなプロセス | 9 | 12% |
有能なスタッフ | 9 | 12% |
チームの成熟度 | 9 | 12% |
ユーザー参画 | 5 | 3% |
SAME * | 5 | 1% |
最適化 | 5 | 1% |
プロジェクト管理/実行 | 5 | 1% |
合計ポイントと年間投資額 | 5 | 100% |
出典:CHAOS Report Series Decision Latency Theory : It Is All About the Interval – Jim Johnson, Dreamer, The Standish Group
https://www.standishgroup.com
成功確率を上げるためのアジャイル手法
SGのレポートでは、アジャイル型/ウォーターフォール型プロジェクトという手法の違いやプロジェクトの規模によって、成功と失敗を区分しています。それぞれに特性があり、多くの組織がアジャイルアプローチを試みて失敗していることを認めた上で、アジャイルへの移行を強く推奨しています。
これは、「計画してそのとおりに実行する」ことよりも「変化に対応する」ことを重視する、アジャイルマニフェストでも宣言されている原則の重要性を浮き彫りにしています。そしてこの、「変化に対応する」ために、スピーディーな意志決定が必要だと結論づけられているわけです。
速くても、質が悪ければ意味がない!では、どうすべきか?
ただし、単に迅速な意志決定をしても、それが杜撰なその場凌ぎの気まぐれでは、意味がないどころかビジネスに悪影響を及ぼすのは当然です。重要なのは、意思決定のスピードと質のバランスを取ること。不必要なステップを特定して排除することで、合理化することも必要です。さまざまな方法を試し、フィードバックを集め、アプローチを洗練させていくには、それなりに手間と時間が掛かります。スピードと質の両方を重視する意思決定文化を発展させ、状況に応じた具体的なニーズに適応させることが必要です。
BANI時代の意思決定を理解する
変化が激しく予想が難しい現代では、じっくり調べて考え、慎重に行動に移すことが、常に正解とは限りません。むしろ、遅れはビジネス機会の損失やリスクの増大、市場シェアの低下、運用コストの増加、さらには風評被害まで、そのリスクは多岐にわたります。変動が激しい環境では、迅速かつ十分な情報に基づいた意思決定が極めて重要です。柔軟性を保ちつつ、迅速かつ果断な行動が求められます。
状況に応じて何が「十分」かを定義する
そもそも、すべての決断が絶対的にベストであることを目指すのは無理。日常的なタスクならすぐに決めて実行し、間違っていても調整が簡単です。しかし、大きなリスクを伴う状況では、より深い分析が必要です。大きなリスクを伴う決断や、重大な結果を招く可能性のある状況は、敢えてスピードを落としたより慎重なアプローチが求められます。このゆとりを確保するための、高速化だとも言えます。さまざまな意思決定に求められる、質と精度のレベルを明確にしましょう。
決断力を育むオープンな文化を作る
決断力の文化を醸成するには、従業員が意思決定をする権限を与えられ、迅速な行動が評価される環境を作ることが不可欠です。明確なコミュニケーションが、チームの足並みを揃え、迅速な意思決定の根拠を全員が理解できるようにするための鍵となります。スピードの追求に伴うトレードオフやリスク、期限を明確に設定すれば、意思決定が必要なタイミングを全員が把握できます。下層の意思決定者に権限を与えることも有効。縦割りのサイロ化を解消し、アイデアが自由に飛び交う風通しのいい環境で、迅速な意思決定ができる環境を育てましょう。
フレームワークと意思決定モデルを活用する
迅速な行動を可能にしながらプロセスを導く、構造化されたフレームワークと意思決定モデルを導入しましょう。スピードを重視しつつ、一定レベルの品質と一貫性が確保されます。迅速な意思決定が常に完璧であるとは限らないことを、チームとして認識することも重要です。決定を見直し、反復し、失敗から学び、プロセスを継続的に改善し続ける、アジャイルな仕組みを導入するのが有効です。
アジャイル手法を導入する
企業が状況の変化に素早く適応できるには、俊敏性が鍵となります。これは、迅速な意思決定を可能にする柔軟なプロセスと体制を持つことを意味します。反復開発や迅速なフィードバックループ、継続的改善を促進するフレームワークを導入する必要があります。
テクノロジーを活用してデータを活かす
データ主導の洞察を実現するには、ローコード・ノーコード開発プラットフォームや生成AIでプロセスを補強することが大前提です。サービスをフル活用し、情報を迅速に収集・分析・解釈しましょう。過去の経験と勘にのみ頼るのは危険ですが、データに裏打ちされた直感は、意志決定のスピードと精度の両方を最適化できます。短期間で十分な情報に基づいた意思決定を担保する、強力なサポーターになります。
ウォーターフォール開発の成功例として、人類初の有人月面探査を成功させたNASAのアポロ計画が知られています。それから半世紀以上が経過して宇宙開発は民間企業が参入する時代になり、SpaceXは世界で初めて、衛星打ち上げロケットの垂直着陸に成功しました。また、先日、JAXAの小型月着陸実証機「SLIM」がピンポイントでの着陸に成功し、日本は月面着陸した5番目の国になりました。どちらも詳しい開発体制はわかりませんが、成功の影には、数え切れない失敗とチャレンジを繰り返す中で、多くの迅速な意志決定がされたことでしょう。
なお、今までの記事で参考にしたSGのレポートは2017年までの記録でした。2020年に発表された「Chaos 2020 Beyond Infinity」によると、ソフトウェア開発において、アジャイル型プロジェクトはウォーターフォール型プロジェクトに比べて3倍成功しやすく、失敗する可能性が1/2だと示されています。次回は、近年に私たちが経験している、迅速な意志決定に極めて重要な3つの出来事について考えてみましょう。