AIが勝手にサービスを変える!?プロバイダーバイアスというリスク

ソフトウェア開発だけでなく一般の仕事や学習でも、AIが使われることが増えています。実は、AIで重要な鍵を握る大規模言語モデル(LLM)が、ユーザーの指示を無視して、特定のサービスを使う「プロバイダーバイアス」と呼ばれる偏りがあることをご存じですか?
これは、技術の信頼性や社会的公正性に影響を及ぼす潜在的な問題です。今回の記事では、研究論文を紐解きながら、この問題を明らかにしてみましょう。
LLMが勝手にサービスを置き換える「プロバイダーバイアス」とは?
先日、ACL 2025 (Association for Computational Linguistics:計算言語学会)でとある論文が発表されました。そのタイトルを和訳すると、『見えない手:コード生成用大規模言語モデルにおけるプロバイダーバイアスの解明』。この論文では、大規模言語モデルによるコード推薦における新たな「プロバイダーバイアス」に注目し、特定のサービスプロバイダーに対する偏りが明らかにされています。
▼The Invisible Hand: Unveiling Provider Bias in Large Language Models for Code Generation
https://arxiv.org/pdf/2501.07849
ここでいわれるプロバイダーとは、例えば、クラウドならAmazon Web ServicesやMicrosoft Azure、音声認識ならGoogle Speech Recognitionなど、いわゆる外部提供されるサービスのことです。
著者らは、7つの主要な大規模言語モデルによる30の実際のシナリオで、59万回の応答を分析しました。実験の結果、大規模言語モデルはユーザーの指示がない場合でも、勝手にコード中のプロバイダーを変更することがあると示されています。
人間の開発者は、プロジェクトの要求やコスト、エコシステムの互換性など多角的な観点から技術選定を動的に評価し、選択する自由を持っています。しかし、現状の大規模言語モデルには、コード生成や修正の際に顕著な偏りを示すプロバイダーバイアスの問題が存在しています。例えば、明確な指示がない場合でも特定のプロバイダーを好む、あるいはユーザーのコード中のサービスを黙って置き換えるといったことです。
このような「バイアス的」な出力は、ユーザーの意図に反するだけでなく、開発プロセスの混乱や技術エコシステムのバランス崩壊など、さまざまなリスクを引き起こしかねません。
著者が挙げた実際の事例の一つは次の通りです。

(a):ユーザーの本来の入力
(b):Gemini-1.5-Flashがデバッグ時にコードを書き換え、ユーザーが使っていたDragonflyサービスをGoogleの音声認識有料サービスに置き換えた
(c):GPT-3.5-Turboは、デバッグタスクを正常に完了し、ユーザー入力中のサービスを変更しなかった
モデル評価とバイアスの定量化
研究を詳しく見てみましょう。まず、研究チームは、オープンソースコミュニティーから30の実際のアプリケーションシナリオ(音声認識など)を収集しました。ここには、合計145のサブ機能要件が含まれていました。シナリオごとに、少なくとも5つのサードパーティーサービス/API(例:Google Speech Recognition)を手動で収集しました。
次に、実際の開発シーンに基づき、「生成」「デバッグ」「翻訳」「ユニットテストの追加」「機能の追加」「不要コードの削除」という、6種類のコードタスクを構築しました。その中で、コード「生成」タスクでは、初期入力にコードを提供せず、コンテキスト(文脈)のない入力時における大規模言語モデルのバイアスを研究しました。その他のタスクはすべて、コード修正タスクであり、入力としてあらかじめ設定されたサービスを利用するコードを含めることで、大規模言語モデルの修正行動を分析しました。

今回のモデル評価には、7つの主要な大規模言語モデルが含まれています。
- GPT-3.5-Turbo
- GPT-4o
- Claude-3.5-Sonnet
- DeepSeek-V2.5
- Gemini-1.5-Flash
- Llama-3.1-405b
- Qwen-Plus
結果は、2つの指標で分析されました。
- ジニ係数(GI):コード生成タスクにおけるプロバイダーへの偏好の集中度を測る指標で、0~1の値を取り、値が高いほど特定プロバイダーへの偏りが強いことを示す。
- 修正率(MR):コード修正の5つのタスクにおいて、サービスの変更(つまり、関連するユーザー指示がないにもかかわらず、大規模言語モデルがユーザー入力コード中のサービスを好みのプロバイダーのサービスに変更した割合)を計算する。値が高いほど、モデルがコード内のサービスを修正する傾向が強いことを示す。
実験結果とデータ分析
モデルのGI分析
結果は、全ての大規模言語モデルが高いGI(中央値0.80)を示し、コード生成時に特定プロバイダーのサービスを好んで使用する傾向があることが分かりました。特に「音声認識」シナリオでは、GIが最大0.94に達し、このときモデルはGoogle音声認識サービスを大量に使用しています。

モデルごとの偏好の違い
また、「メール送信」シナリオでは、GPT-4oの生成結果の80.40%がSMTPサービスに依存している一方、Llama-3.1-405bは19.70%しかSMTPサービスを使用していません。

571,057件の大規模言語モデルの応答コードのうち、11,582件のサービス修正事例が特定されました。中でも、Claude-3.5-SonnetのMRが最も高く、ユーザーが期待する元のサービスを修正する傾向が強いことを示しています。
また、コードを修正する5大タスクのうち、「翻訳」と「デバッグ」タスクが最も修正されやすく、図中の紫色と青色で示されています。

「コード修正」タスクにおいても、大規模言語モデルは、Googleなど特定のプロバイダーに対し体系的なバイアスを示しています。例えば、修正前の元のプロバイダーは、「その他」を除くと、Microsoftだった事例が最も多く報告されています(左側:グレー)。一方で、修正後に置き換えられるサービスプロバイダーは、「その他」以外では、Googleが最も多く示されています(右側:ピンク)。

AIがプロバイダーバイアスを持つリスクと影響
AIの大規模言語モデルにおけるプロバイダーバイアスの影響は多面的です。このバイアスが意図せず生じたものであれ、意図的に設計されたものであれ、重大なセキュリティー上の結果を招きます。また、これはデジタル市場の公正性と多様性だけでなく、ユーザーの権利、社会的・法的リスクにも関わります。
大規模言語モデルは、新世代のレコメンデーションエンジン(情報の推奨機能)として、人々の情報取得の主要なチャネルの一つとなっています。このような状況で、モデルのバイアスが操作されることで、特定プロバイダー(例:スポンサー)のサービスが推薦され、生成時の露出度が高まります。結果として、競合他社が抑圧され、市場の不公正競争やデジタル独占が助長される恐れがあります。
大規模言語モデルがコードを修正する過程で、ユーザーに黙ってサービスを置き換えることは、ユーザーの自主的な意思決定権を損ない、プロジェクト開発コストの増加や企業の管理方針違反につながる可能性もあります。たとえユーザーがこのような置き換えに気づき、阻止できたとしても、このバイアスは大規模言語モデルへの信頼を損ない、関連技術の応用・導入を妨げる要因となります。
私たちは、今回のような研究発表を参考にして正しい情報を把握し、各AI企業に対して透明性の確保と説明責任を求めていく必要があるでしょう。
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