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カルチャー

「パッヘルベルのカノン」が輪唱で描き出す立体的な音楽の魅力とは

山中 哲人

誰でも聞いたことがあるはずの、「パッヘルベルのカノン」というクラシック音楽があります。作曲者はヨハン・パッヘルベル(1653 -1706)というドイツの作曲家で、バッハの先輩にあたるバロック中期の作曲家です。今から300年以上も前に作曲されたこの曲が、なぜ、今も愛され続けているのでしょうか?著者は長年クラシック音楽業界で働いてきましたが、これは意外とクラシック音楽の専門家でも案外すぐには答えられない問いです。

楽譜で見ると一目瞭然、「パッヘルベルのカノン」の凄さ

まずは、その曲を聴いてみてください。

Pachelbel, Canon in D major – YouTube

誰でも耳にしたことがあるこの曲を、楽譜で見るとさらによくわかると思いますが、実は、この「パッヘルベルのカノン」という曲はたった一つの旋律(メロディー)でできています。楽譜が読めない方でも、グラフィックとして図形で見てみると、全く同じ旋律が複数のパートで追いかけ合っているのが確認できると思います。

「パッヘルベルのカノン」の楽譜
「パッヘルベルのカノン」を楽譜で見てみると

この曲の魅力の秘密は、大きく3つあると感じています。

  1. 旋律の親しみやすさ
  2. ハーモニー
  3. 親しみやすい旋律が追いかけ合ってハーモニーを生み出している点

最初の「旋律の親しみやすさ」については、記憶しやすく、誰もが気軽に口ずさむことができて広く親しまれていることから言うまでもないでしょう。2番目のハーモニーを詳しく解説すると、「D – A – Bm – F#m – G – D – G(Em/G) – A」のコードは、実はポピュラー音楽でもよく使用される和声進行です。俗に「カノン進行」や「カノンコード」と呼ばれますが、「パッヘルベルのカノン」がまさに、このポピュラーなコードの代名詞になっています。

そして3番目の、親しみやすい旋律が追いかけ合って壮大なハーモニーを生み出している点が、興味深いのです。後者は音を聴いているだけだとわかりにくいですが、楽譜を見ながら一緒に聴くと、一目瞭然で体感できます。

この曲の構成は、小学校の音楽の授業で習った「カエルの歌」と基本的には同じです。「パッヘルベルのカノン」は低音のバス(最も低い声域)が2小節の旋律をずっと繰り返していますが、最初にソプラノの旋律が入ってきます。その次に、2小節遅れて、全く同じ旋律を別のパートが追いかけ、さらに2小節後を3番目のパートが追いかけます。

「カエルの歌」のバス(最も低い声域)
和声進行(D – A – Bm – F#m – G – D – G(Em/G) – A)を規定しているバス(最も低い声域)の音型。この2小節のバスの進行をひたすら繰り返します。

以下は、「パッヘルベルのカノン」を手書きした19世紀の筆写譜です。一つの旋律が追いかけ合って構成されています。「カエルの歌」に比べると旋律がどんどん展開していて複雑ですが、これが「カノン(輪唱 canon)」という作曲手法です。

「パッヘルベルのカノン」を手書きした19世紀の楽譜
「パッヘルベルのカノン」を手書きした19世紀の楽譜

このカノンの面白いところは、旋律という音楽の横の流れが、ハーモニーという音楽の縦の構造を幾何学的に決定している点です。旋律は親しみやすいのに、カノンという一種幾何学的な作曲手法によって、「たった一つの旋律から豊かなハーモニーを生む」という価値を実現しています。ただ心地よい旋律に身を任せるのではなくて、旋律とハーモニーの興味深い関係を表現しています。

パッヘルベルの書いた旋律は、2小節ないし4小節という単位でどんどん音域も広くなり豊かに展開していきますが、それがそのまま他の声部で追いかけられていくことで、豊かなハーモニーとなって相乗効果を生んでいます。ここが、パッヘルベルのカノンの親しみやすさと奥深さの秘密の一つだと思います。300年経っても飽きられず、愛される理由の一端はここにあるのかもしれません。

西洋音楽の歴史の中で決定的な役割を果たした、楽譜の発明

そもそも「パッヘルベルのカノン」とは、「パッヘルベルという作曲家が作曲したカノン」という意味です。しかし、聴いているだけだと、この曲がカノンであるということに気づくのは、音楽の専門家でなければ難しいかもしれません。ところが、このように楽譜を通して視覚化すると、この曲の構成がカノンであることが誰の目にも一目でわかります。

西洋の楽譜は、東洋の楽譜とは異なって、グラフィック化されていて音が「形」としてイメージできるようになっています。ここから、複雑な音の組み合わせが可能になって、今日の音楽の発展につながりました。つまり、西洋音楽の歴史の中では「楽譜の発明」が決定的な役割を果たしています。

そのため、どんどんクラシック音楽は複雑な音の組み合わせを探求することになり、必ずしも多くの聴衆の興味とは一致しない独自の展開を遂げてきました。上演に1時間も掛かる交響曲や、1週間も掛かるオペラを全員黙ってホールで聴くといった、他の音楽ジャンルでは考えられないような光景が見られるのも、クラシック音楽ならではです。「パッヘルベルのカノン」が凄いのは、クラシック音楽の奥深さと、ポップスといっても通じる親しみやすさを兼ね備えている点だと思います。

パッヘルベルが「カノン」で描こうとした壮大な世界、音楽と建築の不思議な関係

では、パッヘルベル自身が「カノン」で思い描いていた世界は何だったのでしょうか?それを視覚化する試みが、以下のビデオです。

名曲アルバム+「パッヘルベルのカノン」 – YouTube

このビデオでは、「パッヘルベルのカノン」の2次元の楽譜が、3Dアニメーションで表現されています。パッヘルベルの旋律が立体的なオブジェクトを描き、パッヘルベルが創造したかった一つの旋律が描き出す建築物の上で、壮大な音楽が時間的に展開する様が表現されています。パッヘルベルは教会音楽家だったので、「カノン」で大聖堂のような立体的な世界を、音楽という時間の流れとして表現したかったのかもしれません。


西洋人が五線譜を発明する以前から、音楽は存在していました。しかし、楽譜が発明されたことによって、音楽の構成を視覚的に理解できるようになり、音楽という目に見えないもの、触れないものをあたかも建築のように設計し、創造できるようになりました。この是非は問われるべきかもしれませんが、いずれにしても、今日の音楽文化に重大な影響をもたらしていると思います。

「パッヘルベルのカノン」もまた、時代の風雪に耐えて聴き継がれる名曲ですが、その魅力の秘密を考えることで私に見えてきたのは、音楽と幾何学、建築といった思いもかけない関連の深さでした。改めて、「パッヘルベルのカノン」をゆっくりと聴き直したくなりました。

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山中 哲人
山中 哲人
ディレクター、ライター
クラシック音楽関係の出版社からIT業界に飛び込みました。クラシック音楽と思想書、登山をこよなく愛していますが、最近はシステム関連の本もよく読んでいます。これまでの様々な経験から、日々の生活、ビジネスに役立つと思えることを書いていきます。
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