ITで女性たちの健康をサポートするFemTech フェムテックって何?
近年、女性固有の健康問題を管理・改善したり、女性を取り巻く社会課題をテクノロジーで解決する、FemTech(フェムテック)に大きな期待が寄せられています。2016年頃に提唱され、SDGsの17の目標の5つ目「ジェンダーの平等を達成し、すべての女性と女児のエンパワーメントを図る」にも深く関係しています。2021年の新語・流行語大賞にノミネートされた頃から、日本でも少しずつ認知されるようになってきました。今回は、代表的なサービスをいくつか見ながら、FemTechの将来性について考えてみましょう。
仕事におけるジェンダーギャップの多くは、実は家庭から始まっていたという、前回の記事はこちらから。
女性の健康的な生活を支えるFemTech(フェムテック)とは?
FemTechとは、女性の健康に焦点を当てたアプリケーションやサービス、製品、診断などのことです。月経や妊娠、出産、不妊症、更年期障害、メンタルヘルスなど、女性のさまざまな課題解決を実現するテクノロジーのことです。
長年、健康や医療の領域も、男性の解剖学的構造に焦点が当てられてきたため、女性の健康問題に対する理解不足や誤診につながってきました。スマートフォンやウェアラブルデバイス、高速ネットワークの普及と、女性の健康意識や尊厳の高まりなども背景に、FemTechの注目が集まっています。ヘルスケアにおけるジェンダー不平等の解消と、生活の質の向上に貢献できると期待されています。
▼フェムテックで企業が変わる、社会が変わる。 | 経済産業省 METI Journal ONLINE
https://journal.meti.go.jp/policy/202105/
女性に身近なFemTechの代表例としては、スマートフォンで使う生理周期や妊娠状況を管理できるアプリがあります。また、AppleWatchやFitbit、Xiaomi、Garminなどのスマートウォッチや活動量計を使うと、心拍数や睡眠など、より詳細なバイタルデータを追跡できます。さらに最近では、卵子凍結や胎児の監視など不妊症治療、遠隔診療、女性特有のがん検査に応用できるサービスなど、FemTechの領域は多岐にわたっています。 なお、テクノロジー以外の手法によるアプローチは、フェムケアと呼ばれています。
主なカテゴリー
月経/妊娠・不妊/産後ケア/更年期障害/婦人科系疾患/セクシャルウェルネス/メンタルヘルス
サービスや製品の概要
- 月経や妊娠周期を把握・管理できるスマートフォンアプリ
- 婦人科検診記録と連動し、子宮頸がんの兆候を早期に察知するAIラーニング
- 膣内に装着し、早産のリスクを軽減するシリコン製デバイス
- 生体指標を追跡し、PMS(月経前症候群)やPCOS(多嚢胞性卵巣症候群)を管理できるデバイス
- 利用可能な場所がマップで表示され、セキュアに解錠できる授乳室
- 更年期特有の体調管理と、医学的アドバイスが得られるシステム
- 新興国でも入手しやすい、サステナブルな生理用品
- 更年期障害の症状を追跡・管理できるウェアラブルデバイス、など
FemTechサービスや製品例:日本国内編
次に、FemTech関連のサービスや製品の例をいくつか見てみましょう。まずは日本国内編から。
ルナルナ
月経周期を記録・管理し、次の生理日や排卵日を予測して、基礎体温の記録や妊娠日数管理、ピルの服薬支援など、女性の健康を管理。ユーザーが合意した情報が、掛かり付けの産婦人科での診療にも応用できるオプションも。
F check
卵巣年齢を自宅で簡単にセルフチェックできる検査キット。専用ツールで自分で採血後、検査センターへ送り、検査結果は専用Webサイトで確認。
cocoromi
不妊治療に関する統計データから、自分たちに似たカップルのデータを閲覧・管理できるサービス。個人カルテのパーソナルデータも管理・閲覧可能。同じ悩みを抱えた人同士で相談しあえるトークルーム機能。
Grace Bank
将来の妊娠・出産を考える女性が利用する選択的卵子凍結・保存サービス。提携クリニックで採卵し、凍結させた卵子は、妊娠を望む時まで安心・安全に保管される。
▼卵子凍結保管サービス Grace Bank(グレイスバンク)
https://gracebank.jp/
TRULY
更年期障害や膣ケア、性の悩み、抜け毛など、更年期特有の悩みを相談できるサービス。医師や専門家が監修し、信頼性の高い情報やセミナー、福利厚生サービスを提供。
生理吸収ショーツ
ユニクロやGU、グンゼなどの大手企業が販売する生理用吸収ショーツ。
COCOLY
東京大学で研究された超音波技術を基にしたベンチャー企業が開発した、乳房用超音波画像診断装置。
FemTechサービスや製品例:海外編
FemTechは海外事例が豊富です。法制度や文化・慣習、人種構成が違うため、これらがそのまま日本で使えるわけではありませんが、今後、どのようなサービスや製品が登場する可能性があるか、これらも要注目です。
Clue
女性の月経周期と生殖に関する健康状態を把握するための生理・排卵記録アプリ。世界中で2,000万人以上のユーザーに利用され、AppleとGoogleから「ベストフェムテックアプリ」に選出。
Flo
生理日の追跡、排卵日予測、個人に合わせた健康の分析を提供するアプリ。女性の健康とライフスタイルに関する記事やヒントも提供していて、世界中で5,000万人以上の利用者。
Nixit
従来のタンポンやナプキンに代わる、再利用可能でサステナブルな月経カップ。
kegg
頸管粘液(おりもの)の電解質をモニタリングし、妊娠し易い日を予測する卵形のモニターデバイス。
▼kegg® fertility monitor & kegel ball | Cervical Fluid Monitoring
https://kegg.tech/
Elvie
骨盤底筋エクササイズや搾乳器、骨盤全体の健康を改善する製品など、女性の健康のための革新的な製品を開発。
▼Smarter technology for women | Elvie
https://www.elvie.com/
Maven Clinic
不妊や妊娠、産後ケアを専門とする医療提供者と女性をつなぐ、バーチャルクリニックとしてのデジタルヘルスプラットフォーム。
Kindbody
卵子凍結や体外受精、不妊検査、人工授精(AIH/IUI)などのサービスを提供する、不妊治療クリニック。
▼Kindbody – Fertility Clinic, IVF, Egg Freezing & Complete Conception Care
https://kindbody.com/
世界規模で拡大が続くDXとしてのFemTechマーケット
FemTechは、ITテクノロジーを活かしたxTech(クロステック)ソリューションの一つです。金融におけるFinTech(フィンテック)や教育分野のEdTech(エデュテック)、農業のAgriTech(アグリテック)などと同様です。DXが求められ、新しいビジネスチャンスとして注目されているフィールドであり、女性向けの日用品やライフサイエンス系企業、保険会社だけでなく、スタートアップやアクセラレーター、インキュベーターの関心が高まっています。
FemTech市場は著しい成長を遂げていて、今後も世界規模で注拡大が続くと予想されています。2021年、FemTechの市場規模は世界で約510億ドル(約7兆5,850億円)に達しました。2030年には、1,030億ドル(約15兆3,915億円)規模になると予測されています。
また、妊産婦の健康管理や生理用品、婦人科機器、不妊治療など、フェムテック関連企業は、資金ベースでデジタルヘルス分野の3%を占め、2桁台の収益成長が見込まれています。
日本国内のレポートでも、FemTechが与える2025年時点の経済効果は、約2兆円/年と推計されています。カンファレンスなどのイベントも活発に開催されています。
▼働き方、暮らし方の変化のあり方が将来の日本経済に与える効果と課題に関する調査 報告書 (概要版)-経済産業省 経済産業政策局 経済社会政策室(作成:株式会社 日立コンサルティング)
https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinzai/R2fy_femtech.pdf
SRHRという人権にFemTechが果たす役割
FemTechは、妊娠・出産や子育てに限らず、あらゆる年齢層の個人的ニーズに応じた広範な製品・サービスによって、生涯にわたる女性の健康をサポートします。特に、アフターコロナの生活の中で、ライフスタイルやライフステージに応じた一人ひとりのウェルビーイング(肉体的・精神的・社会的に幸福な状態)というニーズが高まっています。
そこで重要なのが、性別や性に関する心身の充実や自認、自己決定の権利としての、SRHR(セクシャルリプロダクティブヘルスライツ:Sexual and Reproductive Health and Rights)です。日本語だと「性と生殖に関する健康と権利」です。
妊娠や出産、不妊に限らず、卵巣がんや子宮頸がん、子宮内膜症、骨粗しょう症、心臓病、性欲減退、更年期障害など、婦人科系特有の慢性疾患に取り組むサービスや企業も次々と登場しています。専門家によるオンライン診療、スクリーニング検査や治療、運動や栄養指導、メンタルヘルスのケアなど、SRHRの観点からもFemTechによるイノベーションとエンパワーメントが期待されています。
▼知ってる?わたしのSRHR | SRHRとは | 知る | 国際協力NGOジョイセフ(JOICFP)
https://www.joicfp.or.jp/jpn/know/about_srhr/what_is_srhr/
FemTechの主な課題
成長が期待されるFemTechですが、女性特有の健康や疾患を扱うことをタブー視する文化や、プライバシー情報を扱うセキュリティー面の抵抗感、法律や医療業界の規制、そしてここでもビジネス面でのジェンダーの不均衡など、数多くの課題に直面しています。また、ビジネスとしてスケールさせるのが難しいためか、いろいろなサービス終了と登場が繰り返され、挑戦は続いています。
- 女性の健康に対するタブー:デリケートなテーマを扱うことに対する、文化的・慣習的な抵抗感。高年齢層になるほどその傾向あり。
- プライバシーの担保:究極の個人情報とも言える自分の健康状態や病歴が、セキュアに取り扱われるか。リスク対策や補償も。
- サービスの安全性・信頼性:業界統一の安全性や信頼性に関する法整備やルール、製品開発やマーケティング、販売ガイドラインが急務。
- 医療サービスの障壁:法律や規制の権限は依然として高齢男性が握っているため、社会格差や費用、偏見、差別などの根強い障壁に。
- アクセスの不均衡:すべての女性がFemTechの恩恵を受けられるわけではなく、アクセスできる女性とできない女性との間での健康格差。
- 関心のバラツキ:妊娠や出産、避妊、不妊に重点が置かれることが多く、更年期障害やメンタルヘルス関する製品が少ない傾向。
- 投資家と資金調達:黎明期の産業であるだけでなく、女性特有の健康課題に関する需要が伝わりにくい。
- 研究開発の欠如:オープンに扱われにくいため、優れた製品やサービスがあっても認知され辛く、イノベーションを推進する研究開発が限定。
FemTechで、女性が抱えるさまざまな課題を、開発者・提供者兼ユーザーとして解決するには、当事者としての女性エンジニアの関与が不可欠です。しかし、女性エンジニアはまだまだ数が限られているのが現実です。次回は、その背景や対策について、さらに考えてみましょう。