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幻の楽譜の探索と譜面化というビジネスチャンス―江崎 昭汰さん2

リプリパ編集部

BlueMemeのビジネスアーキテクトでありピアニストでもある江崎 昭汰さんに、BlueMemeとは別で活動する音楽出版というビジネスについての話を聞いています。前回は、子供の頃から自分が大好きな楽譜を探すのに、パソコンとインターネットを使っているうちにスキルやリテラシーも身に付き、紆余曲折を経て、偶然ITと音楽がクロスする場所に居るというストーリーでした。今回は、ご自身の会社ミューズ・プレスで扱っている貴重な楽譜の出版というビジネスについて、詳しく聞いてみます。

世界的に貴重な古い楽譜の探索は、まさに宝探し!

― 昔の楽譜って、一般の本よりも流通されてる数が限られてたんですよね?印刷技術や流通の関係もあったでしょうし。

江崎:はい、私たちミューズ・プレスが集めている楽譜は、端的に言うと「貴重な楽譜」です。貴重な楽譜というのは、印刷部数が少なかったり、珍しい国で発行されてその国から外に出ない楽譜ですね。例えば、こちらの楽譜はドイツで偶然見つけたのを入手したんですが、コレクターとして日本で持っているのは、多分私と他2~3名しかいないです。もちろん、国内の図書館にも置いてないですからね。何人も『この楽譜コピーしてくれ!』って連絡が来たくらいです。

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― 確かに、こんな貴重な楽譜なら、コピーでも欲しがる人はいるでしょう。

江崎:そうなんです。探している方には、著作権の問題がなければコピーを取って差し上げています。

― 以前、DJ Tokinagaと話をしたんですけどね。例えば、レコードを所有していた人が亡くなって、レコードの価値がわかんない家族が遺品整理で、古道具屋さんに二束三文で処分しちゃうと。酷いケースだと、ゴミとして出してしまう話を聞きます。見る人が見たら、『何でこんな名盤がここに置いてあるんだ!?』みたいなことがあるらしくて。

江崎:楽譜でも同じことがあって、遺族が捨てようとしている楽譜を幸運にも回収できることがあります。なので、古い楽譜の収集は、メルカリやヤフオク、eBayを1日1回は必ず覗いてます。

― なるほど。ほぼ日本国内だけのメルカリよりも、世界規模のeBayの方が圧倒的にマーケットは広いですよね。出品されている楽譜の種類や量は、圧倒的にeBayの方が多いんでしょうけど、傾向や質の違いってあるんですか?

江崎:eBayはやっぱり古いものが多いですね。18世紀後半から20世紀初頭まで豊富です。ただ、古いだけで価値がない楽譜もあるわけです。

― でしょうね。しかし、オークションやフリーマーケットでよく問題になっている、本物か偽物かってどうやって見極めてるんですか?

江崎:確かに、一部の古い楽譜は、骨董品や美術品のように取り引きされているとはいえ、楽譜のレプリカってあんまり見ないんです。まぁ、海賊版は存在しないこともないですが。私は、入手した楽譜は全部見てその特徴を覚えてるんで、『この譜面は過去に見たことがあるな』とか、演奏を聴いただけで『あの楽譜のあのバージョンを使っているな』と判断できます。あとは、海賊版そのものに価値がある場合もありますよ!

楽譜になっていない音楽の探索と譜面化というビジネスチャンス

― 楽譜に縁が無い私にはどの話も新鮮なんですが、全ての音楽が楽譜になっているわけじゃないんですね!

江崎:そうです。楽譜にそもそもなっていない曲もあります。一方で、楽譜としては存在しているものの、楽譜内の情報が少なくて出版に耐えられる譜面になっていなくて出版できないとか。いろいろな楽譜があります。私たちは、そういった作品の楽譜を出版して、多くの人に届けています。この世の中には、価値があっても出版されていない楽譜がたくさんあるんです。

― ニッチでマイクロかつローカルなんですね。ということは、国境や時代を跨いで、膨大な情報から宝物を探し出すこのビジネスって、ネットが登場して初めて成立したようなものでは?

江崎:まさに、そうだと思います。もちろん、ネットが登場する前から、貴重で古い楽譜をコピーして販売するビジネスをやっている方はいました。アメリカのMusica Obscuraという出版社なのですけど、これはまたどこかで話したいです。ただ、このようなビジネスが成立しはじめたのは、明らかにネット登場以降ではありますね。

― しかし、とある楽譜が「出版されていない」情報って、どうやって知るんですか?検索インデックスだと何かが「ある」ことは探せても、「ない」ことを探すのは「悪魔の証明」のような難しさがありそうですが。

江崎:おっしゃる通り、「ない」ことを見つけるのは相当難しいです。ここで生きてくる情報が、国内外を含むコミュニティーや作曲家の遺族、友人からの情報です。これらの情報に加え、出版社のカタログや作曲家に関する書籍、当時の音楽雑誌などを見ることもあります。それらに掲載されていても、よくよく調べると「実は出版されていなかった」なんてよくあります。

― なるほど。グローバル化とネットワークが実現するビジネスだ。

江崎:あとは、音源から気づくのもありますよ。誰かがYouTubeにアップロードした曲とか、さっき言ったようなコミュニティーでの伝聞です。『あの楽譜が出てないらしいよ』とか、『あの楽譜は、そもそも出てないかどうかすら分からないらしいよ』っていうのを聞いたり、常にいろんなルートから情報を仕入れてます。

曲を聴いて譜面に起こされていても、オリジナルとはどこか微妙に違う

― 曲を聴いて譜面に起こす採譜した楽譜って、やっぱりオリジナルとは違うんですか?

江崎:全然違いますよ!音そのものは再現できても、元の楽譜は再現できないですね。例えば、とあるピアニストが編曲して演奏した作品があって、それをファンが採譜してたりします。その採譜をピアニスト自身に見せたことがあるんですが、『微妙に違う』と言ってました。やっぱり完璧はないですね。

― なるほどね。ってことは、一見きれいに譜面化しても、それを演奏で再現すると微妙に違うわけか。少なくとも、プロが聴いたら分かる、と。

江崎:分かります。和音を3つ弾いてるように聞こえたけど、実はもう4つ目があったり、そういうことが実際に起きるんです。レコーディングした時の環境や採譜をする人の癖、同時に鳴っている音とのバランスなどで、無限大の可能性が生まれます。採譜ってやっぱりすごく奥が深くて、私はあんまりやりたくないですね。依頼されても、基本は断ってます。依頼者の期待に沿えるかどうか、確証が持てないので。

アーカイブは高い品質で残す一方、ライブの緊迫感も楽しんで

― 音楽家としての江崎さんは、まるでレコードのように完璧に原曲を再現する演奏スタイルと、ライブとしての揺らぎがある演奏は、それぞれどう評価してるんですか?

江崎:やっぱり、記録として残る曲は、編集してできるだけ完璧に仕上げたいですね。自分が出したCDだって、完璧に残したいと思い試行錯誤を繰り返しました。私がいなくなったとしても、この世の中には残りますからね。

― 確かに。恥ずかしい状態とか不満足な記録で残される恥辱は、イヤだな…

江崎:その一方で、ライブなりの切迫感や緊張感も凄く好きです。例えば、一流の演奏家でも、演奏のスピードがちょっと早過ぎて、皆もハラハラして心拍数が上がった中で、弾き切ったときの聴衆とピアニストとの一体感!私自身も、そういった場に聴衆として居合わせたことがありますが、その時の感動は今でも脳内に焼き付いています。

あとは、演奏中になぜかステージに突然犬が入ってくるような、信じられないハプニングもあります。

Video: Dog crashes orchestra performance in “the cutest moment in classical music” – YouTube

― 以前、話題になったiPadの楽譜がバグる様子とかね。あんなの、ピアニストでなくても心臓が締め付けられます(涙)。

江崎:そうそう!生きた心地がしないし、『ほらっ!だからやっぱり楽譜は紙だろ!』って気になります(笑)。私は、紙の楽譜コレクターでもあるので、若干の偏見が入ってるかもしれませんが。でも、こんな風に映像や後日談付きじゃなく音しか残ってなくても、情景がありありと見えてくるような音源もありますよ。

― もっと凄いハプニングがあるんだ(笑)。

江崎:そうです。演奏中に客同士が喧嘩し出して、その音声がしっかりマイクに拾われてたりするんです。

― 演奏中の静かな中で、スマホの着信音やアラームが鳴るのとはまた違う、ライブ感がありますね(笑)。これが演劇だったら、「実は、それも劇の一部だった」という演出があり得ますけど。

江崎:とにかく、そういうのは狙ってできることではないので、残せるなら残しておくのもいいと思います。演奏家としては、狙われても困りますが(笑)。

― 実際に起きた、歴史の記録ではありますね。


失われそうだったり未知の貴重な楽譜を発掘し、楽譜に起こして、一般の人でも見やすく整理して届ける。ようやく、ミューズ・プレスとしての活動の意味が理解できました。ピアノシンフォニーではなかったのが江崎さんには申し訳ないんですが、聞き手の頭の中では、ジョン・ウィリアムス『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』のテーマが鳴りっぱなしでした。

さて、そんな冒険活劇ばりの旅がこの後も続きます。引き続き、どうぞお楽しみに!


そしてもう一つのお楽しみ!江崎さんがイニシエーター/プロジェクト・マネージャーを務め、ピアニストとしても参加する「IMAGINARC 想像力の音楽」が6月に開催されます。これは、ゲームやアニメ、映画等のさまざまな音楽を主に2台のピアノのために編曲し、5つのテーマのもとに集めた演奏会です。各テーマに寄せて5人の作曲家が5つの新曲を、そして11人の小説家が全15篇の新作短編を書き下ろします。仙台をスタートに、福岡、熊本、そして東京で開催されます。チケット好評販売中!

この記事でインタビューをした方

えざき しょうた 
ビジネス・アーキテクト/ピアニスト/楽譜蒐集家
5年間のベルギー留学が終わり、東京と千葉で約1年半の放浪の末にあることをきっかけにBlueMemeに入社。平日はITのことばかり、土日は音楽のことばかり考えています。

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