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社会

「右」「恋」の定義とは?「正しい」語釈と映画『舟を編む』

kotobato

長年「活字離れ」とはいわれて来ましたが、デバイスやプラットフォームが圧倒的に普及している今、文章や文字がこれほど書かれ、シェアされている時代もありません。しかし残念ながら、それが必ずしも人々の良好なコミュニケーションに役立っているシーンばかりではありません。標準化・平滑化・陳腐化した表現によって、人は時に『正しい表現がある、それ以外はすべて間違いである』と短絡的に考えがちです。しかし、言葉は人々の生活や社会、時代によって変化するもの。国語辞書の中での表記の移り変わりにも、それが反映されます。

ぜひ、前回の記事からの流れでお読みください。

「正しい日本語」とは一体、何なのか?

「皆が使っている言葉」の代表として、去年の「今年の新語2022」大賞が何だったか、知って・覚えていますか?答えは「タイパ」。人が一日の中で使える時間である可処分時間の奪い合いと細分化を象徴する、現代を反映した新語でした。言葉は、辞書によっても言葉の解釈「語釈」に違いがあり、その違いを味わうのも編纂者だけでなく「辞書通」にとっては魅力的なポイントのようです。

[タイムーパフォーマンスの略]費やした時間に対して得られる成果・満足度の割合。時間対効果。「映画を通してみるのは一が悪い」[録画したドラマや映画を倍速で視聴する、粗筋だけ分かるように編集されたファスト映画を見る、音楽のさびのみを聴くなどの行動に見られる、できるだけ時間を掛けずに効率よく成果を得ようとする風潮の中で多く使われる]

出典:『大辞林』 纒集部

「今年の新語」の選考委員の一人が、国語辞典編纂者の飯間浩明さんです。「三省堂国語辞典」(通称「三国」)の編集委員でもある飯間さんは、言葉や文章に関する著作も多く、ソーシャルネットワークでも積極的に発信なさっています。最近だと、ChatGPTに「右」という言葉について説明させ、それを3つの人気辞書と比較して、違いやAIの弱点、将来の可能性について興味深い解説を披露していました。

飯間さんのスタンスとして注目に値するのは、言葉の正しい・間違いを簡単にジャッジしない姿勢です。ソーシャルネットワークではよく、他者の用語の使い方の間違いを指摘する「日本語警察」とも呼ばれる人たちの、人のミスに厳しく時に攻撃的な様子が見られます。

しかし飯間さんは、言葉には常にゆらぎがあり、その解釈も時代や状況と共に移り変わっていくものだと、いつも優しく丁寧に解説しています。ちなみに、アプリ版の三省堂国語辞典には、人々の慣習や社会の変化に伴って収録されなくなった「辞書から削除された言葉」という、紙にはないユニークな機能もあります。

言葉の力と愛の力を描いた映画『舟を編む』

そんな飯間さんの活動の一端を垣間見ることができる映画が、『舟を編む』です(監督:石井裕也/主演:松田龍平 2013年)。この映画で、辞書制作を監修したのが飯間さんです。市井の人々が使う、生きた言葉を街に出て採集する「ワードハンティング」に奔走しては、語釈に頭を悩ませる姿も、ご本人そのものだと思います。

原作は2011年に発表され、2012年本屋大賞で第1位を獲得した三浦しをんの同名の小説です。書名の由来は『辞書は言葉の海を渡る舟、編集者はその海を渡る舟を編んでいく』ことから。2013年の第86回アカデミー外国語映画賞の日本代表作品に選出され、第37回日本アカデミー賞では最優秀作品賞や最優秀監督賞など6冠に輝きました。

あらすじ

主人公は、出版社に勤める馬締(まじめ)という、名前通り生真面目でコミュ障気味の営業担当者です。言葉に関して、特異なこだわりと優れた感性を示す彼は、辞書編集部に配属されます。そして、24万項目にもおよぶ新しい国語辞典「大渡海(だいとかい)」の編集に携わることになります。個性的で偏屈な人間ばかりが集まったチームの中で、彼は辞書という大海原へとこぎ出していきます。

そんなある日、馬締は林香具矢(かぐや)という女性(宮崎あおい)と出会います。彼女に心が惹かれるものの、なかなかその気持ちを伝える言葉が見つかりません。馬締は、言葉を通して自分や他人と向き合うことで、人としても成長していきます。

ところが、プロジェクトには暗雲が立ちこめます。十数年にわたる膨大な期間と制作費が掛かる「金食い虫」の辞書制作が、経営判断で中止に追い込まれるのではないかと、社内で噂に。上層部曰く、これからは電子辞書の時代で、誰ももう紙の辞書なんて買わない、と。「大渡海」は果たして完成できるのか?そして、馬締と香具矢の恋の行方は?…そんな、辞書作りに奮闘する編集者の情熱と成長を、15年近い歳月をかけて描いた人間ドラマです。

チームメンバーそれぞれのすれ違いはありつつ、実は適材適所で実現するチームワーク、辞書に適した紙の開発などバックグラウンドの話、論理一辺倒では進まない意志決定層とのしたたかな交渉スキル、まさかという時に出現するあり得ない致命的なミス…。10年経った作品とはいえ、今でも見る人ごとに心惹かれるだろうポイントが散りばめられているはずです。この作品が描いているのが、言葉の力と愛の力だからでしょう。

その人の思考に直結している、文章や単語の選び方

映画の最後では、馬締たちはすぐに改定に取り掛かります。それは、言葉が生きていて、常に変化し、揺らいでいるから。

言葉の用法の何が正しく、何が間違いなのか?たくさん使われていることが正義なのか?言葉が、人と人を分かつものであり、同時に人と人をつなぐものだということを、同時に思わずにはいられない昨今。ソーシャルメディアと生成AIによって、言葉の暴力性も、希望も日々考えさせられます。

人気の勢いが止まらないChatGPTやGoogle Bardは、大規模言語モデル(LLM)が使われているAIです。これは、言葉を「トークン」という単位に分割し、任意の言葉の後に続く言葉を確率で計算し、可能性が高い言葉により高いスコアの報酬を与えることで、自然な文章を生成する仕組みです。内容(コンテンツ)や文脈(コンテキスト)を正しく深く理解している「知性」ではありません。つまり、間違って学習した言葉や、多くの人がミスリードされがちな言葉の連続であっても、それが優先的に返されます。

『皆が選んでるんだから、それが正しいはず』、『日本語ぐらい、誰だって普通に使ってるじゃん』、『多少間違っていても、相手に伝われば別に問題ないでしょ』。本当にそうでしょうか?検索で一番上に表示されるリンクだけを、無条件に信用することに似ている気がしませんか?入力変換だけでなく、校正・校閲までシステムに完全に任せてしまった時、私たちは何を基準に判断できるでしょうか?

こういう時は視点を変えて、前述の辞書編纂のような語釈を、自分なりに考えてみるのもいいかもしれません。当たり前すぎる言葉ほど、改めて説明するのは難しいものですし、ちょっと気恥ずかしい言葉の説明には、その人らしさが現れるはずです。さて、あなたなら「右」という言葉をどう定義しますか?「恋」はどう説明しましょうか?

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リプリパ編集兼外部ライター
企画制作や広告クリエイティブ畑をずっと彷徨ってきました。狙って作るという点ではライティングもデザインの一つだし、オンラインはリアルの別レイヤーで、効率化は愛すべき無駄を作り出すため。各種ジェネレーティブAIと戯れる日々です。
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