状況が常に変化するツール・ド・フランスはDX挑戦の場でもある
前回は、開催直前の世界最高峰の自転車ロードレース、ツール・ド・フランスの話と、そこで使われている、私たちも生活で利用しているIT技術や活動量計などについて話ました。今回はもう少し先の、ツール・ド・フランスが実はさまざまな先端テクノロジーの実証実権の場でもあることと、日々・年々変化する条件の中で開催されているという面にスポットを当ててみましょう。
タフなレースは、先端IT技術の実験の場でもあった!
ツール・ド・フランスでは毎年、熱いレース展開だけでなく、実は、それを支える新しいテクノロジーへの挑戦も見られます。システムを構築しているのは、主催者であるフランスのスポーツメディアグループASOとパートナーシップを組むNTT DATAです。過去8回の技術的テーマに掲げられた項目を見るだけでも、壮観です。
▼Tour De France
https://services.global.ntt/en-us/about-us/case-studies/tour-de-france
- 2015:ライブトラッキング
- 2016:より深いデータ分析
- 2017:より豊かなファン体験
- 2018:機械学習とAI
- 2019:新しいデジタルプラットフォーム
- 2020:バーチャルイノベーション
- 2021:コネクテッドスタジアム
- 2022:デジタルツイン
各選手の動きは、IoTセンサーを使ってリアルタイムに追跡されます。キャプチャされたデータは処理され、分析結果として表示されます。レース解説を交えたライブ放送やレースインサイトの画面表示、ソーシャルメディアへの投稿、モバイルアプリにも連動します。レースの様子は、より臨場感を演出したデジタルヒューマン(インタラクティブなアバター)として表示されるようになりました。もちろん、山岳部でも安定したネットワークが構築され、レースの運営が最適化されています。
レースの裏では、毎年、果敢な技術的チャレンジが続いています。レース状況をライブでトラックするアカウントとは別に、データを公開する公式アカウントがあり、「データドリブンなストーリーテリングプラットフォーム」と宣言しているほど。常に先端テクノロジーを取り入れる姿勢は、新しいファンへのリーチを広げることにつながっています。ツール・ド・フランスは、イノベーションとDX(デジタルトランスフォーメーション)の現場でもあるのです。
状況や環境の変化に対応せざるを得ない、国際大会運営
ツール・ド・フランスは、天気や気温も常に変化する屋外で毎日数百kmを移動して開催される、予測不能なイベントです(ちなみに、主催者のASOはダカールラリーも主催)。なお、2024年のツール・ド・フランスは、パリ五輪の開幕が近いことから、例年のパリのシャンゼリゼ大通りではなく、フランス南東部のリゾート地ニースにゴールを変更することが決まっています。
ライブのレースでは予期せぬ事故や事件も起きます。2021年の大会では、沿道の女性観客がコースにせり出していたプラカードに選手が次々と接触・転倒し、史上最悪の事故が起きたのは記憶に新しいところ。過去に複数回、落車による選手の死亡事故や、沿道の観客が関係車両に接触する事故も起きています。
負の側面としては、ツール・ド・フランスは不正との闘いの歴史でもあります。癌を克服し7連覇した伝説の選手ランス・アームストロング氏が、ドーピング違反で優勝をはく奪された大スキャンダルは開催期間外でしたが、期間中にチームごと失格になった例もあります。
さらに、社会的な影響でいえば、環境保護活動の過激派がレースを妨害する事件も起きています。新型コロナウイルスが完全に撲滅されたわけではなく、いつまたパンデミックに襲われるかもわかりません。
もちろん、デバイスやテクノロジーの進化も止まらない
自転車のデバイス周りも進化しています。カーボン製で耐久性と軽さに優れているホイールやスポーク、リムなどのボディー、グリップに優れ軽量なチューブレスタイヤ、タイヤの状況をインタラクティブに計測できるセンサー、安全性がより考慮されたヘルメットなど、ここでもさまざまな技術革新が進んでいます。
自転車にセットして速度や距離、ペダルの回転数、勾配などを測れるサイクルコンピューターと呼ばれるITデバイスがあります(通称:サイコン)。先日、AppleのWWDC(世界開発者会議)では、Apple WatchのwatchOS 10で、サイクルコンピューターの機能が強化されることがアナウンスされました。Apple Watchには、衝突の衝撃や転倒を感知して、緊急通話の発信で一命を取り留めるニュースも時々タイムラインを賑わせています。つまり、人が身につける・自転車に装着するデバイスがオーバーラップしつつあります。
もちろん、ITテクノロジーは常に進化します。例えば、GPS/GNSSよりもさらに高精度で、cm単位での位置測定が可能になるRTK(リアルタイムキネマティック)測位は、建設や土木、農業分野などで期待されています。選手のゼッケンやユニフォーム、道具に導入されれば、集団になった選手一人ずつのさらに細かい位置関係まで把握できるでしょう。
技術の進歩とドーピングでいえば、自転車を不正に電動アシストバイク化したり、後続車を妨害するような改造は、メカニカル・ドーピングと呼ばれています。巧妙化・複雑化するこれらのセキュリティーチェックも不可欠です。
このように、社会情勢や政治状況、進化する各種のデバイスやテクノロジーなどに合わせて、開催条件や細かいレギュレーションも変わっていかざるを得ない厳しい中で運営されているのが、ツール・ド・フランスという国際大会なのです。
仮想空間上にサイクリストを再現するデジタルツイン
変化という点では、前回の記事で紹介した、新型コロナウイルス禍で導入されたバーチャルなツール・ド・フランスは、デジタルツインの一例です。今年も、日本からも多くのサイクリストが参加することでしょう。
Stage 1 Virtual Tour de France Highlights – YouTube
デジタルツインとは、人間のフィジカルな情報や物理的なモノ、システムを、ソフトウェア的に実行可能な仮想モデルとして作り上げる、「デジタルレプリカ」「デジタル空間の双子」のことです。デジタルツインは、いろいろなIoTデバイスやセンサーを使ってデータを細かく収集し、リアルタイムに分析することができます。例えば、製造現場で不良品が生産されるのをチェックしたり、耐用年数が迫る装置に不具合が起きる前に最適な交換時期を示すことに役立ちます。医療現場での治療計画や、物流や建設現場でのコスト最適化など、幅広い分野での活用が期待されています。
変化に柔軟に対応するローコード・ノーコード開発
その日、その現場で起きたことは、その日のうち、できればリアルタイムに分析して判断し、翌日のチーム戦略に活かしてゴールを目指す。緊急事態やネガティブなリスク要因を発見したら、被害として顕在化したり拡大しないうちに適切な措置でカバーする。各チームをマネージしながら、組織全体としてもスムーズに運営し、新たなファン層を獲得していく。
ビジネスの環境やマーケットニーズが常に変化する中で、柔軟に対応していかざるを得ないのは、私たちの仕事も同じです。しかも、昨今、その状況はどんどん複雑化しています。そこで、高度なシステムを迅速に開発できるのが、ローコード・ノーコードプラットフォームを使った、アジャイルなソフトウェア開発です。小さな部品としてモジュール化されたパーツを自由に組み合わせることで、プログラムコードを全くもしくはほとんど書かずに、システムを作ることが可能です。 限られた人材による自動化・内製化を実現することで、現場の状況をリアルタイムに反映させ、意志決定のスピードと質を上げ、さらに現場へ迅速にフィードバックさせます。デジタルツインに限らず、CRM(顧客関係管理)やマーケティングなど、現代のビジネスには不可欠なテクノロジーです。恐らく、ツール・ド・フランスでも、何かのローコード・ノーコードツールが使われていることでしょう。
今年、ツール・ド・フランスの技術的なテーマとして掲げられているのは、「エッジトゥファン」。edge(境界、稜線、鋭さ、優位)とは、もちろんエッジコンピューティングのことです。IoT端末などのデバイスや利用者と、物理的に近い場所に設置されたサーバーでデータを処理・分析する、分散コンピューティング技術です。そして、それをファンに届けることが、掛けことば風に暗示されています。リアルタイム分析による、データ駆動型の顧客体験(UX)の実現に挑戦する姿勢が示されています。
リアルな現場で鍛えられてきた技術と培われてきたナレッジは、他のスポーツだけでなく、私たちの仕事や日常生活にも、大きな影響を与えています。今年も、レースとは別の視点でワクワクさせられそうですね。Vive le Tour!
理人様 見ず知らずの者に温かいアドバイスをありがとうございます。 生物学の中だけ…
Soさん、ご質問ありがとうございます。 博士課程で必要な生物学の知識は、基本的に…
貴重な情報をありがとうございます。 私は現在データエンジニアをしており、修士課程…
四葉さん、コメントいただきありがとうございます。にんじんです。 僕がこの会社この…
面白い話をありがとうございます。私自身は法学部ですが哲学にも興味があります。 ふ…