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数字で見る人体:セントラルドグマから解き明かす生命の神秘

理人

私たちの体は、目に見えない小さな分子によって精密に設計されています。この生命活動の根本には「セントラルドグマ」という情報の流れがあります。これは、DNA→RNA→タンパク質という一方向の情報伝達の道筋です。今回は、このセントラルドグマに沿って、人体内の驚くべき数字を見ていきましょう。

生命科学の基礎知識をおさらいしたい方は、以下の記事もご覧ください。

DNA:30億塩基対の壮大な設計図

私たちのゲノム(全遺伝情報)は、約30億塩基対のDNAでできています。DNAは、アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)という4種類の塩基が鎖のようにつながった分子で、有名な二重らせん構造をしています。

このDNAを伸ばすと約2メートルにもなりますが、それが顕微鏡でしか見えない細胞核の中にきれいに収まっているのです。私たちの体を作る約37兆個の細胞のほとんどが、同じDNA情報を持っています。

全身の細胞のほとんどが同じDNA情報を持つ
全身の細胞のほとんどが同じDNA情報を持つ

遺伝子:2万種類の命の指令書

人間の体の設計図には、約2万個の遺伝子が含まれています。これは意外と少ないと感じるかもしれません。例えば、イネには約3.7万個、ミミズには約2.3万個の遺伝子があります。生物の複雑さと遺伝子の数は必ずしも比例しないのです。

これらの遺伝子は、私たちの体を作るあらゆるタンパク質の設計図です。髪の毛のケラチン、血液中のヘモグロビン、食べ物を消化する酵素など、体のさまざまな機能を担うタンパク質がこれらの遺伝子によって作られます。

ただし、人間のDNAの中で、実際にタンパク質の設計図となる部分はごくわずかで、残りの多くは以前「ジャンクDNA」とも呼ばれていました。現在では、そうした領域も遺伝子の働きを調節したり、ゲノムの構造を支えたりする重要な役割を持っていることがわかってきています。

遺伝子はタンパク質の設計図
遺伝子はタンパク質の設計図

転写因子:1,500種類の遺伝子スイッチ

遺伝子からタンパク質が作られるには、「転写」と「翻訳」という二つの重要な段階があります。転写とは、DNAの情報をRNAにコピーする過程、翻訳とはRNAの情報をもとにタンパク質が作られる過程です。

この転写の過程を調節しているのが「転写因子」というタンパク質のグループで、ヒトでは約1,500〜1,800種類あります。転写因子は、特定のDNA配列にくっつき、遺伝子の働きをオンにしたりオフにしたりする「スイッチ」のような役割をします。

これらの転写因子のおかげで、同じDNA情報を持つ細胞から、皮膚、筋肉、神経などさまざまな種類の細胞が生まれ、それぞれが適切に働くことができるのです。

転写因子は遺伝子の働きを決めるスイッチ
転写因子は遺伝子の働きを決めるスイッチ

スプライシング:エクソン・イントロンの2つの編集作業

遺伝子は、「エクソン」と「イントロン」という二種類の領域からできています。エクソンはタンパク質を作る情報を持ち、イントロンはそれ以外の部分です。タンパク質を作る際には、イントロンが取り除かれ、エクソンだけがつながれます。この過程を「スプライシング」といいます。

ヒトゲノム全体でエクソンが占める割合はわずか約1~2%程度で、残りの大部分はイントロンや遺伝子間領域などの非コード領域です。エクソンは最終的にmRNAに残る部分で、その一部がタンパク質の設計図として機能し、他の部分は翻訳されない領域(UTR)として働きます。

さらに、「選択的スプライシング」という仕組みにより、同じ遺伝子から異なるエクソンの組み合わせで複数の異なるRNAが作られます。これにより、2万種類の遺伝子から10万種類以上のタンパク質が作られるという多様性が生まれるのです。

スプライシングの流れ
スプライシングの流れ

アミノ酸:20種類の生命の基本部品

タンパク質は、アミノ酸が鎖のようにつながった分子です。自然界には数百種類のアミノ酸がありますが、ヒトのタンパク質を作るのはそのうちわずか20種類だけです。

この20種類のアミノ酸が、さまざまな順番でつながることで、数万種類ものタンパク質が作られています。このアミノ酸の並び方の違いは、タンパク質の形や働きに直接影響します。例えば、ヘモグロビンのアミノ酸が一部変わるだけで、鎌状赤血球症という病気になることもあります。

アミノ酸は、RNAの3つの塩基の並び(コドン)によって指定されます。64種類あるコドンの組み合わせが、わずか20種類のアミノ酸を指定しているのは、同じアミノ酸を指定する異なるコドンがあるためです。

例えば下の図では、6つのコドン(UUA, UUG, CUU, CUC, CUA, CUG)からロイシンがコードされています。これらの対応は、コドン表(もしくは遺伝暗号表)というものにまとめられています。

6種類のコドンからロイシンがコードされる
6種類のコドンからロイシンがコードされる

タンパク質:10万種類の機能分子

最終的に、私たちの体内では約10万種類のタンパク質が働いていると考えられています。2万個の遺伝子からどうやって10万種類ものタンパク質が作られるのでしょうか?

その秘密は、前に説明した選択的スプライシングと、タンパク質が作られた後の修飾にあります。タンパク質は作られた後、リン酸化、糖の付加、アセチル化などの様々な修飾を受け、その構造と機能が変化します。この過程で、同じ遺伝子から異なる働きを持つタンパク質が生まれるのです。

タンパク質は、体の構造を作るもの、化学反応を促進する酵素、情報を伝えるホルモンなど、さまざまな役割を担っています。私たちの体の形や機能は、これら10万種類ものタンパク質が協力して働くことで支えられているのです。

さまざまな数字が語る生命の複雑さ

私たちの体は、約30億の塩基対からなるDNAに書き込まれた遺伝情報を基に作られています。2万個の遺伝子、ゲノム全体のわずか1~2%を占めるエクソン、1500種類の転写因子、20種類のアミノ酸、10万種類のタンパク質—これらの数字は、生命の複雑さと精密さを物語っています。

最近の遺伝子研究の進歩により、私たちはこれらの数字の意味をより深く理解できるようになってきました。それは、個人に合わせた医療や遺伝子編集など、新しい医療技術の発展にもつながっています。

生命科学の進歩は、私たちの体の仕組みに対する理解を深め、より健康で豊かな生活を実現するための基盤となるでしょう。

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理人
博多在住の研究員兼博士課程学生
エンジニアになるつもりで入社しましたが気づいたら研究をしていました。数学が専門ですが、研究はバイオ系です。ときどき採用面接をしたりします。オタクなので月に1度は遠征に出かけます。
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